2章

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そして、千鶴の我儘に辟易した奉公人たちは段々態度を冷たくして、雇い主の跡取り息子への最低限の礼を見せるほかは、気にかけることもなくなってしまった。千鶴もそれなりの態度で接してしまうので、一人になれる自分の部屋とこの蔵以外、家中居心地が悪い。 蔵の壁の高い位置にぽっかりとくり抜かれた小窓の外には、遠く月が見える。 爪の先のように細い月である。蔵から見る月はいつもこれだ。本を読むには、あまりに心許ない明るさであった。 千鶴は小さくため息をついて、立ち上がった。折角面白い本を読んでいたのに、途中で終わってしまってはなんだか気持ち悪くて、眠ることもできない。 「権蔵」 権造は、鶴乃家の使用人である。千鶴が十の頃にやってきた。年は千鶴より三つばかり上なだけだが、体格が良く、腕は千鶴の腿ほどもある。 千鶴が中にいるときの見張り当番をよくやっているほか、外出の際にもよく付いてきていた。短気で愚直なところがあり、千鶴の我儘に辟易しているときにはいかにも嫌そうな顔をすることもあるが、それでもできるだけ叶えようとしてくれる。恐らくもう丑の刻の頃だろうが、権造は千鶴が呼べば何時でも応える。 しかし、今夜は何度呼びかけても返事がなかった。 「権造? な、いるんだろ?」 珍しく、居眠りでもしているのだろうか。そう思い、千鶴は扉を叩いた。 「起きろよ、ねえ。油が切れちゃった。持ってきてくれよ」 やはり返事がない。 「ねえ……権蔵ってば!」     
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