1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
ー 土地をめぐる物語 ー
1
祇園囃子がきこえてくると、京都に夏がくる。軒先にすだれがかけられ、鴨川には川床が建つ。夕涼みの納涼客もふえてくるころだ。
「あれは、サギでしょうか」
菊池忠也が川床から川に目をむけて、そうたずねた。大きな白い鳥がじっと川面を見つめている。
「アユが遡上してくる季節やからな」
年輩の男がこたえ、手にした盃をクッとあおった。飲むのはいつも日本酒だった。
男の名は黒崎渉という。長いあいだ大手デベロッパーで土地開発を手がけ、その名を知られた人物だ。同期ではトップを走っていた黒崎だが、なにを思ったか第一線から身をひき、京都に居を移すと、小さな事務所を開設して自由気儘に暮らしている。
菊池は年にいく度かこの黒崎を訪ねる。相談というわけではないが、自分のかかわっている仕事の話を聞いてもらう。かつては同じ会社に所属していたが、菊池も四十をまえにして独立し、いまは大阪で不動産関係の会社を営んでいる。
「あっ、獲ったみたいや」
黒崎の横にすわっていた和服姿の女が声をだした。
サギが小魚をとらえたようだ。
「うまいもんやな。狙いを定めたら一撃や」
白いものがかなりまじった黒崎の髪が、川風に揺れている。
最初のコメントを投稿しよう!