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 つれあいを引っ張ってやってきたのは、多くの人で賑わう城址公園だ。  広い入り口から中を窺えば、コンテナや台がずらりと並んでいるのが見える。  どの台にも、数々の器が所狭しと並んでいた。 「大陶器市?」  彼が行き交う人の多さに呆気にとられながらも、ゲートに掲げられた看板を読み上げる。 「そう。料理を引き立てるキーアイテムと言ったらこれでしょう。丁度、家にもう少しお皿が欲しかったんですよ。あら、奥では屋台も出てるのね」  周囲では、欲しい器を探す人や、楽しげに走り回る子供達、屋台で買ったものを頬張る人達でごった返していた。  皆、実に楽しそうだ。ただ一人を除いては。 「大丈夫ですか、矢潮さん」 「まあ、なんとか」  人の多い所が苦手な彼は、苦笑を浮かべて辿々しく頷き、さり気なく私に寄り添う。 「はぐれないように、手を握りましょう」 「ん」  しっかりと手を繋いだのを確認して、「ねえ」と呼び掛けた。 「貴方に課題を出します。おかずを一品入れる、大きめの器を選んでください」  告げた途端、彼は小難しい顔で広大な市場を見渡す。  差し詰め、この大量の器の山から探し出すのに当惑しているのだろう。 「どんなものをお求めですか?」 「"なんでも"いいですよ」 「……」  意趣返しというわけではないが、冗談のつもりでこのところ彼から散々聞かされていた言葉を告げると、彼は更に渋い顔をする。 「なるほど、献立選びに悩んだ末に、"なんでも"と言われたあなたの気持ちが少しわかりました」  数多の品から数点を選ぶ条件を絞りたかったのに、それが適わなかった彼は、漸く献立選びに悩む私の不満を知ったようだった。  器と一言で言うが、こうして山程並べられると、形も色柄も質感も多種多様に存在するのがわかる。 「見て、矢潮さん! この豆皿に描かれているハシビロコウ、貴方っぽい! 迷いのない大胆な筆使いで、味があるわね。料理を載せたら、この子が睨んでいるように見えるのかしら」 「まあ、この平皿、綺麗な瑠璃色ね。千切りキャベツの山と豚の生姜焼きを盛りたくなるわ。そう言えば、矢潮さんはキャベツの千切りに大葉を合わせたものが好きですよね」 「花のモチーフの小鉢もいいな。この時期なら、菊花のおひたしを入れたら華やかね」 「わー、立派な有田焼。鮮烈な色味の器って、どうしてか中華料理を入れたくなるのよね」  一歩一歩踏み出す毎に、素敵な器が目に止まる。  気になる器を拾い上げ、傍らから離れない彼に見せては感想を好き放題に告げていく。  その間、彼は鑑定士のような鋭い眼差しで私の手元を凝視する。  どうやら、私好みの器を学んでいるらしい。  たまに、彼が取って見せる器は、やはり私の好みに近いものだった。 「私の趣味に無理に合わせなくていいんですよ。ふたりで使うんだもの。私だけじゃなくて、貴方がいいなと思うものがどんなものか知りたいです」 「また、難解なことを。『いいな』ったって、使えれば、それ越したことはないのだし」  唸りながら器を台に戻す彼の手が、不意に止まる。 「使う、か。そう言えば、あなたは器を見て、どの料理を盛りたい、とよくおっしゃいますね」 「それこそ、これから使っていく物だからですよ」  今回求めているのは、鑑賞用ではなく、実用品だ。  どのように使えるのか、想像できないようでは、碌に使いこなせず、いずれ持て余してしまうだろう。 「お皿を見て、パッと、この料理を入れたら似合うと思えるくらいが、使い勝手がいいと思うんです」 「なるほど、使い勝手か。……ん」  今まで、数多の器に翻弄されていた彼が、迷わず真っ直ぐ進む先には、一枚の大鉢があった。  それは、どこまでも素朴な印象を抱かせる陶器の皿。  深い土色の地に、生成りの釉薬で化粧され、器の内側には、びっしりと彫刻刀で削ったような細かな線が、渦状に規則正しく並んでいた。  一見してすり鉢を思い起こさせるそれは、見ようによっては、葱坊主に見えなくもない。 「小鹿田焼か。悪くない」  大きな鉢を器用にくるくるとひっくり返して隅々を目視して、最後に私にパスする。 「スペアリブと大根と卵の煮物、ほうれん草と卵の炒め物、鰯のつみれと春雨の入った中華スープ、キャロットラペ、水菜と鯛の和風サラダ、蓮根の金平、ちりめん山椒入りのちらし寿司」  連ねて上げられた料理は、どれも、かつて私が作ったものだった。  どの品も、季節や彼の体調に合わせて味付けや調理法を変えたり、隠し味を足してみて、彼の口に合うように色々工夫したっけ。 (でも、なんで今、それを?)  すり鉢みたいな器と彼を交互に見遣り、小首を傾げる。 「いずれも、私が食べてきたものの中で、特に美味しいと思ったものです。この皿なら、どれを盛っても料理がよく映えませんか?」  驚いた。  まさか、彼の口からこんなに料理名が出てくるなんて思わなかったから。  『特別好きな料理がない』なんて言ったのはどの口かと疑うほどに、沢山の『美味しい』が彼の中にはキチンと存在していたのだ。  それを、"なんでも"で片付けるなんて勿体ない。 (そっか、彼の好物って、こんなにあるんだ。そういう料理が好きだったのね。  私の作るものを、好きになってくれていたんだ。  これまでしてきた工夫は、きちんと役に立ってた。彼に伝わっていたんだ。  どうしよう。嬉しくて堪らない) 「どうやら、その皿をお気に召したようですね」 「はい、とても!」  喜びのあまり、思わず大鉢を胸に抱き寄せて、顔を綻ばせていたら、彼が安堵した様子で器を指した。  素朴な魅力もさることながら、『特に美味しい』ものがなんなのかを彼から見事に引き出してくれたのだ。  この大鉢を気に入らないわけがない。 「貴方が選んだお皿です。大事に使って、いろんな美味しいものを入れてあげなきゃ。ね!」  器を軽く小突くと、澄んだ軽やかな音で返事が返ってきた。 「ふたりで使う物だと思うと、あなたにも気に入って貰いたい一存で、どうしても迷いが生じてしまう。やれやれ、なんとか良さそうな皿が見つかってよかった」  丁寧に梱包された大鉢を手にした彼は、実に満足そうな顔をしている。 「矢潮さんのその気持ち、献立選びに通じるものがありますよ。ふたりで楽しく食事ができる献立を一所懸命考えるの。いつも、貴方のことを考えながら、献立に悩んで、支度をして、おおわらわよ」  ――その分、貴方が美味しそうにご飯を食べている時の達成感と充実感は大きいけどね。  ふたりで一頻り笑い合うと、彼の大きな手が私の頭を軽く撫でた。 「あなたの手料理が美味しいわけですよ。こんなに愛情が詰まっているのですからね。私は果報者だな。ああ、勿論、これからはちゃんと、あなたを手伝いますよ。ですからね、ゆづるさん――」  頭を引き寄せ、私の顎に手を添えて上向かせる。  真っ直ぐに向き合った目を細め、彼は殊更ゆっくりと私の名を読んだ。 「私への不満なら、溜め込んで拗ねてこじれない内に、キチンと言ってください。あなたの泣きそうな顔は苦手なのです。私も出来る限りの対処をしますから」  "なんでも"という言葉に拗ねて、彼の発言を遮ったこと、まだ覚えていたか。  至近距離にある彼の顔にドキドキしながら、大人しく「善処します」と返事をした。 「うん、また一歩、夫婦らしくなってきたかな」  今回のことは些細な事件だったけれど、私達にとっては、きっと大事な問題だったのかもしれない。 「さあ! どんな困難も、泣いて笑って励まし合って、助け合いながら乗り越えていけるような夫婦と家庭を目指して、まずは素敵なお皿を探しましょう」 「えー、またですか」  顎に添えられていた手を取り、再び器探しに向かう。  さて、今日手に入れたお皿で、今夜はなにを食べようかな?
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