紫苑

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今日はバスに乗ってLIVEハウスに向かった。窓から見える景色にドキドキしながら、初めての場所に降り立った。幸運なことに目的地が同じ人がいたおかげで、今回は迷うことなくLIVEハウスに着いた。 今日も観客はまばらで、各々の好きなアーティストを聴いたり、お酒を楽しんでいた。前の方で彼のピアノをみてみようと、思い切って今日は一番前で彼を待った。嬉しいことに今回は彼がトップバッターだった。 彼が出てきて、ピアノをセッティング、チューニングをした。いつものように深く深呼吸、お辞儀をして彼が顔を上げた瞬間、あまりの近さに赤面してしまった。近いとは思っていたが、これほど近くなるとは思っていなかった。いったい私はどこを見て音楽を聞けばいいのだろう?緊張して音楽どころではなかった。せっかく1番前で大好きな彼の曲が聴けるというのに、彼の曲が私の中に全く残らない。私は全神経を彼の指に集中させて、彼の声、彼の音を聴いた。たまに顔を見て、目があって、照れてまた指に戻る。そんなことを何回か繰り返して、彼は私の好きな曲を歌いだした。それはとても切なくて、いつ聴いても、目に涙が溜まって、鼻の奥がツンと痛くなった。彼がお辞儀をして、顔を上げるとまた目があった。彼は笑っていた。ああやっぱりあの時もきっと笑っていたのかと思うと、急に恥ずかしくなった。
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