紫苑

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彼がドリンクを取りに来た。覚えてますか?、LIVEの感想、話したいことを心の中で、何度も何度も復唱する。私は思い切って彼に近づいて話しかけた。 「こんにちは。覚えてますか?」 「この前のLIVEの。今日は一番前でありがとうございます」 「はい。一番前って本当に近いですね」 「めちゃくちゃ見られてる気がしますよ。今日もありがとうございます」 彼は優しく笑った。 「楽しかったです。またLIVEに行きたくなっちゃって、来ちゃいました」 「いつかワンマンをするので、よかったら来てくださいね」 「はい」 私たちはドリンクを飲んだ。長い沈黙。どうしたらいいだろう、言葉が出てこない。言いたいこと、伝えたいことが他にもたくさんあったはずなのに、チャンスが巡ってくると、いつもなぜかうまくいかない。何か話さないとと思い、私は大好きな曲の感想と緊張してうまく話せないことを正直に伝えた。 「ありがとうございます」 彼は笑顔だった。 タイミングよく次のアーティストの演奏が始まった。彼の隣でそのアーティストの演奏を聴く。私は横目で彼を盗み見た。次の沈黙は、ドキドキに変わった。
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