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階段を上がってドアを開けて、すぐだった。
「こんにちは」
そこにいたのは、間違えなく、今日1番会いたい人だった。
「あっ、こんにちは。奇遇ですね」
ほんの少しの疚しさに思わず慌ててしまった。会いたい人に会えてしまった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
彼はいつもと変わらず優しく笑った。
「今日はお仕事、お休みですか?」
「代休で気分転換に読書と思って」
仲良くなったつもりだが、2人の会話はいつも敬語だった。
「席は?よかったら、前空いてますよ」
「お邪魔じゃないですか?」
「全然、どうぞ、話し相手が欲しかったんです」
身なりを整えて椅子に座った。
「コーヒーはドリップなので時間がかかるんです。でも1番オススメです」
彼はメニューを私に見せながらこっそりと教えてくれた。
ウェイトレスが注文を取りに来た。私は一瞬躊躇ったがコーヒーを、彼はブラックコーヒーを注文した。
「綺麗な桜ですね」
「本当に」
「何をされてたんですか?」
「今度のLIVEのセットリストとか、次の曲の構想を考えてました。そしたらこの桜でしょう。見とれてしまって、全然作業が進まないんですよ」
「そうなりますね。私もこの桜に惹かれて、ここまで来ちゃいましたから」
笑って答えた。
「次のLIVEっておっしゃいましたが、いつあるんですか?」
「12月頃です。オフレコですけど、ついに僕ワンマンするんです」
「そうなんですか!おめでとうございます。私、遊びに行きますね」
「ありがとうございます」
「よかったら、話し相手になってください。今いろんな人から話を聞いてるんです」
「私の話なんかでいいんですか?」
「お願いします。今までに印象に残っている恋愛は?僕の曲は恋愛ソングが多いので」
ハニカミながら彼は笑った。ウエイトレスがコーヒーを運んできた。コーヒーの香りが私たちを包み込んだ。私はコーヒーに多めに砂糖とミルクを入れ、一口飲んだ。すぐに口の中がほろ苦くなった。
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