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第8章:北朝鮮のミサイルと安楽死
……家に帰ると、母が怒っていた。
「どうして、北朝鮮にミサイルを落とされたのに、日本から逃げないの?!」
ああ、知ってしまったか。北朝鮮がミサイルを誤爆したことは、テレビを片づけたり新聞を解約したりして、知られないよう隠していたのに。
「おまわりさんに『うろうろしていたら、ミサイルが飛んできて危ないよ』って言われて、詳しく教えてもらったんだよ。戦争が始まるかもしれないのに、どうして逃げないの?」
「母ちゃん、パスポートを持っていないだろ。いまは申請に半年かかるから、申請はしているけど、最低でも半年間は逃げられないんだよ」
「うそ! パスポート持ってるよ! なんでパスポートがないの?! またあんたが盗ったの?!」
しまった、妄想スイッチが入ってしまった。母はパスポートを探して、手当たり次第に引き出しを開け、物を散らかし始める。母の手を握りしめて優しく声をかけた。
「ごめんな、パスポートはないんだよ」
「うそだ! あんたが盗ったんだ! 私を置いて、あんただけ逃げるつもりなの?」
背中をドンドンと叩かれた。同じ手が、ぽんぽんと優しくたたいて慰めてくれたこともあったのにと思ったら何だかたまらなくなって、俺のスイッチも入ってしまった。
「俺もここから逃げたいけど、母ちゃんがいるから逃げられないんだよ!」
言ってしまってからハッとした。言ってはならないことだった。
「うぅ……、あぅあぁーーー」
声にならない声をあげて、母は号泣した。
「もう死にたい、母ちゃんなんか、死ねばいいんだよーーー」
そうだ、俺たち死ねばいいんだよ。
母が泣き疲れて眠った後、俺は市の安楽死課に電話して、俺たち二人の安楽死を申し込んだ。
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