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第9章:最後の晩餐
次の日は、母の70歳の誕生日だった。
俺は、ふだん買わないような大きい苺のホールケーキを買い、母が好きなシチューを作った。
ケーキにろうそくを7本立て、火をつけてから照明を消した。暗闇にろうそくの灯りが浮かび上がり、ケーキを見つめる母の顔がなんだか輝いているように見えた。
「母ちゃんは、苺と桃が入っているショートケーキが好きだろう? 今日は奮発して大きいの買ってきたから、たくさん食べてよ。まずは、ろうそくを吹き消して。ハッピバースデー、トゥーユー……」
俺が歌を歌い終わると、母はろうそくの火を吹き消した。俺は拍手する。
「70歳おめでとう。シチューも作ったんだよ。小さい頃、誕生日は必ずケーキとシチューだったじゃん。だから、シチューってごちそうだと思ってたんだけど、実は普通のおかずなんだってね。でもさ、俺にとっては何だか特別なんだよ」
母にはもう料理を任せることができない。火を止めるのを忘れたり、電子レンジなのに間違えてオーブンのボタンを押していたりして、何度も冷や冷やさせられた。
「仕事で忙しいのに本当にありがとう。たけしのシチュー、とてもおいしいよ」
一品しかない料理に文句も言わず、美味しそうに食べる母を見て胸が痛んだ。最後の晩餐くらい、母のためにもっとごちそうを用意すればよかったか。でも、今日これから死ぬとしても、何がごちそうなのかシチュー以外に思いつかなかった。もうこの世に未練はなかった。
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