第7章:母の認知症

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第7章:母の認知症

ホワイト企業の正社員になれなかった俺には、「普通」に人生を終えることもできないのだと分かったきっかけは、母の認知症だった。 はじめは、昨日のことを思い出せないといった年相応の物忘れだったが、そのうち、パート先の掃除の同僚から、ある場所の掃除を忘れていたり、逆に同じ場所を2回掃除していたり、他の人の制服を着てしまったりなどの苦情が来るようになり、仕事を辞めさせられた。 そして、いわゆる「物盗られ妄想」が始まった。 母に生活費やおこづかいを渡していたのだが、「お札が足りない」「お財布がない」と言われるようになる。どちらも探すと見つかった。いつもと違うバッグに入れていたり、タンスの使わない引き出しにしまい込んだりして、自分で忘れてしまうらしい。 次第に頻度が増え、しまいには毎日深夜3時ごろに起き出して「お財布がない」と大騒ぎするようになった。 物盗られ妄想は、痴呆症の初期症状で、記憶障害や不安が引き起こすものだ。 母も、パートを辞めさせられてから、自分が今までの自分とちがうことを感じとり、不安で一杯なのだろう。 俺は一人っ子で父も亡くなっているので、母が不安をぶつけられるのは俺しかいないのだ。 と、頭では分かっていた。 しかし、ある時言われた言葉が、妙に胸に刺さった。 「なんでお金を盗るの! そんな子に育てた覚えはないよ!」 「家にお金がないのは、あんたがバカで根性なしだからだよ!」 そんな子に育てた覚えはない、家にお金がないのは、俺がバカで根性なしだからだ。 これはもしかしたら、母が心の奥底に閉まっていた本音ではないのか。 高い授業料を払って大学まで出したのに、就職してすぐうつ病になり、ポンコツになった俺。母が、ぼけるギリギリまでパートで働いていたのは、俺に金がなかったからだ。 母が痴呆になって俺が一番不安なのは、いつまでクビにならないか、そして働けなくなったらいつまで貯金が持つのか、ということだ。もし「普通」の正社員になれていたら、退職金も十分な貯金もあったのだろうに。 これは、バカで根性なしな俺への罰なのか?
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