2 《マスター》

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2 《マスター》

俺は自殺支援サイト《青いクジラ》の管理者だ。 このサイトを立ち上げたのは、二〇一五年にロシアで《ブルー・ホエール・チャレンジ》というSNS上の自殺ゲームが誕生したことがきっかけだった。プレイヤーはSNSを通じてゲームマスターとコンタクトをとり、ゲームマスターは五十日間にわたってプレイヤーに様々な指示を出す。そして最後の五十日目にプレイヤーを自殺に至らしめるというものだ。ちなみにゲームの名前の由来はクジラが自ら陸に乗り上げて自殺する習性からつけられたという。ロシアでは二〇一六年四月までに百三十人以上もの自殺者を出し、その後インド、東欧、南米、中国にまで飛び火した。自殺したプレイヤーたちは性格や容姿、家庭環境などにコンプレックスを抱いていた若者が多く、ゲームマスターとのやり取りを通して自分は負け犬だとか生きる価値のない人間だとマインドコントロールされ、異世界へ行けば救われると思い込んで自殺に至るのだ。 俺はインターネットを通してこのゲームの存在を知り、ノウハウをあれこれ調べつくして日本向けにこのサイトを立ち上げた。ゲームスタートから自殺に至るまでの五十日間にプレイヤーに出す指示は、最初は軽度なものだが日々エスカレートしていきプレイヤーを精神的にも肉体的にも追い込んでいく。俺はこのゲームを考えた人物は天才だと思った。日本でもいじめを苦にした中学生の自殺がよく報道されるが、ひょっとするとこのサイトにすがる者が出てくるのではないかと考えた。 サイトを立ち上げてから最初の一ヶ月間は全くアクセスがなかった。最近は自殺願望者が減って来たのか、心底死ぬ勇気がない者が多いのか、それともこのサイトが怪しい、胡散臭いものだと思われているのか。日々アクセス状況をチェックしてもなかなか反応がないため、何のために時間をかけて情報収集をしサイトを立ち上げたのかと一時は後悔した。 ばかばかしくなってサイトを閉鎖しようかと思いかけたときに、ようやく待ちに待った最初のアクセスがあった。一瞬目を疑ったが、やっと運が巡って来たかと思った。アクセスする人にはネット上のフォームに自分のハンドルネーム、メールアドレス、性別、年齢、居住地(国内か海外か、国内の場合は都道府県)、そして必要があればメッセージを入力してもらう。最初のアクセス者はどんな人物なのかと興味津々でドキドキしながらパソコンの画面を見る。
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