定年間近の鎮魂歌

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鬼頭君は臨時業務には色々と差し支えがあるので、うちの課にはいるものの臨時業務要員としてかり出す訳にはいかない。 そういう訳で、この老いぼれめが動かなければならないのだ。 こんなことなら、とっとと早期退職して退職金もらっておくべきだったかもしれない。 そうすれば、今頃悠々自適にアイドルの追っかけとか出来ていたのに。 退職金は老後の資金だとか妻には言われているが、どうせ退職後も、何かしら働かなければならないこの御時世だ。 いつ心筋梗塞だ脳梗塞で死ぬか分からない我が身。 人間ドッグで散々身体のあちこち引っかかりまくっているし。半分糖尿になりかけてるし。血液ドロドロらしいし。腎臓も肝臓もボロボロだって言うし。 少しくらい、アイドルの追っかけに退職金を使ったって罰は当たらない筈だ。 ボカロ音楽を聞きながら、寂れた山の中腹まで車で上がると、道脇に車を停めてひたすら歩く。 手前で車を停めておかないと、お坊さん連中を起こしてしまうからだ。 極秘裏に、寺の住職には政府から臨時業務に関するお達しが出ている為、見つかったとしてもそうそう面倒になることはない。 とは思うが、一応社会人としての気遣いは必要だろうということで、仕方なく歩いている訳だ。 暫く山道を歩き続けて、息が上がってきたところで、ようやく目的の札所のお寺に辿り着いた。 深夜の寺というものは、それだけで常人には怖い場所だと思う。 明かりはないし、足場は悪いし。不気味な鳥の鳴き声だとか、風で木々が揺れ、まるで唸っているように聞こえる音は、恐怖心を駆り立てるには十分すぎる代物だと思う。 30年以上もこの仕事に携わっているお陰もあって、不感症なくらいに何も感じなくなってしまった自分にとっては、当たり前の世界となってしまっている。 寺の境内に、携帯ライトの小さな明かり1つで静かに入り、目的地のポイントに辿り着くと、いつものように封印箇所の補強を開始することにした。 ーーその時だった。
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