chapter4

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 私立高校の教員として勤務し始めてはや四年。翠は国語の教師であり、剣道部の副顧問でもあった。定年退職した顧問に代わって当時の副顧問が顧問になり、そして、空いた席に剣道の経験があった翠が据えられたという形である。  幼少期から、オメガである翠には護身術を習わせたいという意向が両親にあった。その中で剣道は他の武道よりも身体的接触が少なく、また面をつけてしまえば顔も見えにくいため習いやすかったのだ。  翠は、今でこそ男性の平均身長を僅かに上回っているものの、一般的なオメガらしく骨が細く華奢で、顔立ちも整っていた。雪国生まれの母の血を濃く継いだようで色素が薄く、幼少期は特に女の子だと間違えられたものだ。  食べても体重が増えないのでやせ気味だが、細すぎるわけではない。そんな体に頑丈な黒の首輪は非常にアンバランスで、だからこそ禁欲的に見えたとは芳の言だ。翠はそう言われた時、困惑のあまり芳をにらみつけてしまったが、それももう七、八年は前のことだ。  小学校中学年から高校を卒業するまでの約十年間、翠の生活には剣道が共にあった。受験中であっても週に三日は道場に通い、級はもっていないものの、師範のお墨付きでそこそこ扱える。  現在の剣道部の顧問はこの学校に二人いるうちのアルファの一人だ。彼はオメガの存在そのものを馬鹿にしているようで、翠に対する態度は頗る悪い。更に翠が副顧問であるにも関わらず級を持っていないところも鼻につくのか、部活に出るたび当てこすられる。  だが、今日は参加しないわけにはいかない。  剣道強豪校として知られているこの学校では、月の最後の土曜は紅白試合と決まっていた。夏を最後に引退した三年生を除く一、二年生の能力が同程度になるように赤、白に分けて試合をさせるのだ。翠は審判役として参加することになる。 「木崎先生、今日はよろしくお願いします」  道場では袴だと決まっているので、翠も木崎も袴姿である。きっちりと礼をしたが一瞥をくれるだけで返事はない。
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