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「それにしても榛名先生、もう少しきちんと事情聴取をしてもらえないものですかな。いつまでたっても彼の行動が改善する兆しがありませんよ」
「すみません、声をかけてはいるのですが、如何せん相手に会話の意思がなくて」
「あなただから任せられると思っているんですから、しっかりやってください」
「……はい」
あなただから、という校長の台詞にはそこはかとない悪意がこもっていた。校長本人が意識しているかしていないかはわからないが、翠はこういった空気に敏感なたちだ。
翠はこの学校の教員のうち唯一のオメガだ。誰もがやりたくないこと、今回で言えば不良少年に対する探り等をやらされることがあった。どこにいってもあることなので今更差別だと言う気はないが、不公平さは感じるものである。
教員が病欠した時に代わりの授業を行うことはあれど、そう頻繁のことでもなく、狩野の所属する一年アルファクラスの生徒とはあまり面識がない。さらにそのうちの一人である狩野と顔を合わせる機会など、校長の指示がなければまずないのだが、狩野と話すのは今回でもう九回目だった。夏休みを抜く約四ヶ月でこの回数で、狩野は月に二回は喧嘩をしているという計算になる。
しかし、と翠は思考を巡らせる。違和感を覚えるのは狩野の喧嘩のスパンが周期的であることだ。一般的にストレスがたまる入学したてや、気持ちが浮つく夏休み前は喧嘩が増えるものだが、狩野は二週間に一度という決まりを守っているように見える。
そこに何か意味があるのかもしれないが、狩野との意思疎通は現在のところあまりうまくいっておらず、知りようがなかった。春よりはましになった気がするが、果たして。
「休みが明けてすぐにこれとは、本当に困ったものですよ。他の生徒への影響も心配です」
「そうですね……とりあえず行ってきます。答えてくれればいいですが」
「期待していますよ」
ちっとも心のこもっていない激励に、翠は内心で舌を打った。
会話が成立しにくいとはいえ、話しかけてすぐにどこかに行ってしまった入学当初の頃とは、なんとなくだが狩野の表情が違うように思えていた。ということは、おそらくきちんとした対応ができればどうにかなりそうなのに――。
もう校長は自分の世界に入っている。爪楊枝で歯茎をつつくことに忙しい彼のやる気のなさに、なんともいえない気分がわき起こった。
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