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「チョコレートが好きなのか? この間はチョコデニッシュだっただろう」
そう言うと、わずかな時間、狩野の呼吸が止まったようだった。自分の食べた物を把握されていることに驚いたのだろう。
若干ストーカーじみているが、会話のきっかけになるならと翠なりに模索しているのだ。良く見てくれていると解釈してくれたら嬉しいのだが、果たしてどうだろうか。
「……ふん」
狩野はまたも鼻を鳴らした。が、特に不愉快そうな顔ではないので好意的にとることにして、言葉を続ける。夏休みを抜いてここ二ヶ月ほどは、彼は以前と比べて翠のことを認識しているそぶりをみせていた。
「これいるか? チョコレートの飴。今日開けたばっかりだぞ」
手のひらの上に、狩野にも見えるように白い包み紙を乗せる。少し前から気に入って食べている飴だった。翠がチョコレート好きだと知っている芳にもらって以来好むようになり、夏休み前から通販で取り寄せるようになった。
甘さが控えめで、カカオの香りが強く、まるで本物のチョコレートのような味がする。溶けにくい飴なので食べていられる時間が長いところも好きで、もう十袋近く食べていた。
「……いいのかよ、菓子なんて渡して」
「たいしたことないけど、一応秘密にしとこうか。ばれたら校長先生がうるさいから」
「……」
秘密という響きがきいたのか、単に飴が食べたかったのかはわからない。狩野の目は飴に向いていたが、暫く待っていても手が伸びることはなかった。
――仕方ない、少し話が続いただけでも進歩かな。翠はそう思い直して、本題に入ることにする。
「その怪我はどうしたんだ?」
ポケットに飴をしまいながら尋ねる。横目で見た狩野の表情は何の感情もなく、いつも通りのどこかふてくされたような雰囲気があるだけだ。
「消毒はしたのか。酷くなると膿んで痛いんじゃないのか」
「別に」
相も変わらず反応が芳しくなく、これ以上踏み込むのもどうかと躊躇する。時には生徒を見守ることが必要な場合もあるからだ。
加えて、翠のオメガという立場上、どんなに言葉を尽くしても伝わらないように感じられた。翠がアルファだったらまた違うのかもしれないが、これは超えられない性だ。
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