chapter2-2

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 当然ながら、アルファはアルファなりの、ベータはベータなりの、オメガはオメガなりの苦労があるとされている。例えばカウンセリング等でも、患者とカウンセラーとの性が一致していることは大原則である。そのほうがお互いに暗黙の了解がわかるからだ。  これは、この三つの性が従来の男女という二つの性よりも複雑かつ揺るぎなく、自身の意思によらず、また他種との違いが理解されにくいために配慮されていることである。  とはいえ人付き合いには前提として相性がある。この学校にも何人かアルファの教員はいるが、狩野と彼らは馬が合わないようだ。そうなると、狩野の苦労を性の観点から理解できるものはこの学校にはいないということになる。  外部からスクールカウンセラーを招くこともできるが、狩野が望まないので打つ手がなかった。そのため現状としては放置という形になっているのだ。もっとも、狩野は最初から教師とあらば信用しないというスタンスを取っているようだが。 「……答えたくないか?」 「…………」  狩野の雰囲気は、頑なというよりもむしろ、こちらの質問が聞こえていないかのように超然としたものだ。ゆっくりと瞬きをして、完全に個人の世界を作り上げてしまっている。  ため息をこらえて時計に視線を下ろすと、始業まであまり時間がなかった。次の時間に授業を控えているので行かなくてはならない。  校長にまただめでしたと報告するのは気が重たいが、こちらの都合で人は動いてくれないものだ。 「怪我には気をつけろよ」  なんとかそれだけ言うと、翠は踵を返す。日差しとセミの合唱の中、校舎への道を進む。 熱中症に気をつけろと言えばよかったと気づいたのは、快適な職員室の中に入ってからだった。
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