chapter3-2

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 女の子が狩野の腹あたりで手足をぱたつかせているチワワに駆け寄った。その時ちょうど、女の子の保護者らしき男性が水滴をくっつけた紙パックを持ってやってくる。 「すみません! うちの子が何かご迷惑をおかけしましたか?」  ママと元気に呼んで女の子が首輪をつけた男性に走り寄った。  どうやら彼は飲み物を買っていたらしい。小さい子どもを一人にするのはいただけないが、もしかするとシングルだろうか。店内に犬は連れて行けないし、だとすると仕方のない部分もあるだろう。 「あのおにいちゃんね、まほうつかいなの!」 「まほうつかい?」  男性は愛娘の指の先にいる狩野を認めて首をかしげたが、子どもが見知らぬ飴を持っていることからなんとなく状況が読めたようで、翠と狩野に勢いよく頭を下げた。 「すみませんでした! 犬と子どもを離すのが怖くて、二人で待たせてたんです」 「やんちゃなわんちゃんみたいですね。気をつけてくださいね」 「はい、すみません」  男性の視線が翠の首に向いた。自身もつけている首輪を見ているのだろう、その目が一瞬苦しそうに細められたことで、先ほどの予想が間違っていなかったのだと察する。  未婚のオメガ。首輪をしているところから番ではない人間に孕まされたのだろう。そう年が変わらないだろう相手を見て、翠は少しだけ恐ろしくなる。  オメガは普通、薬を飲んで発情を抑えていればまず妊娠することはない。オメガが妊娠するのは薬を摂取しなかった発情期の時だけで、さらに言えば相手がアルファだった場合の妊娠率はほぼ百パーセントだ。緊急避妊薬もあるが体への副作用が大きすぎるので推奨されていない。  彼にどんな事情があったかは知らないが、運が悪かったのだろう。  何度も会釈した親子が帰ると、翠は狩野に向き直った。昼過ぎのドッグランでは、そこかしこで愛犬をかわいがる声に満ちている。
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