542人が本棚に入れています
本棚に追加
さっきまでの狼狽えようが嘘みたいだが、狩野の頬は少しだけ赤く見えた。翠はあえて触れず、行儀良くお座りする犬をじっと眺める。
「犬飼ってたんだな。名前は?」
「……。……ちー」
「ちーちゃん? ちーくん?」
「……オス」
「ちーくんか。この子凜々しくてかっこいいな」
狩野の愛犬、ちーの毛の体は硬いがふっさりとしていて触り心地が良い。体からシャンプーらしきにおいがして、大切に扱われているのだと想像がついた。
背中は黒も混じったグレーの毛で、腹のあたりは白っぽい。綺麗な毛並みだ。
「俺、犬のこと詳しくないんだけど、この子の犬種は?」
「……ウルフドッグ」
「ウルフって、狼のこと?」
尋ねると狩野はこっくりと頷く。ちーは翠の腹に頭を押しつけてご機嫌のようだ。犬の性格についてはよくわからないが、威嚇もせずに懐かれてしまい不思議に思う。もっと警戒心の強いイメージだったのだが、違うのだろうか。
狩野は翠にべったりなちーを見て訝しげな表情をしながらも、質問の答えを口にした。
「ウルフドッグは狼と犬を交配させて生まれた犬種」
「へえ……」
ちーはしゃがんだ翠の太ももに体重をかけてくる。見上げてくる顔つきが真実狼のようだった。恐る恐る背中に移していた手を頭に変えてみるが、嫌がられないことに安心する。それどころかしっぽを振ってうれしそうだ。
ちーはずいぶんと手足が長く、それに驚くほどまっすぐだ。じっくりと体を眺めながら、翠はかつて学校で習った狼の習性を思い出す。
最初のコメントを投稿しよう!