chapter3-2

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 本物の狼は群れで生活するという。群れのトップがアルファで、副官がベータ、オメガは最下層だ。人間の現在の性の名付けもそこからきているという。それもあり、狼に関しては義務教育で習うのが普通だ。 「……なんでいんの」  顔の横にかかる髪に隠されて狩野の表情は見えないが、おかしな雰囲気ではない。翠はちーのとがった耳の周りを指先でくすぐりながら、なるべく気安く聞こえるように返す。 「家族で買い物中なんだけど、俺は特に見たいものがなくて、別行動だったんだよ。歩いてたらちょうど狩野が困ってるのが見えたから」 「……待ち合わせとかしてないのかよ」 「あっ」  腕時計を見るともう約束の時間を過ぎていた。携帯を取り出すと母から着信が入っていたので、慌てて折り返す。生徒に会ったことを伝えると「それなら仕方ないわね」と怒っている様子はない。 「それじゃあ行かないと。ありがとな、狩野」  言葉と共に、翠は鞄から飴を取り出した。先日は結局渡せなかったチョコレートの飴だ。温度の高い手のひらに押しつけると、狩野は驚いたような、落ち着かないような表情をしたが、翠が急ぐそぶりを見せていたからかしっかりと受け取った。 「また学校でな。ちーも元気で」  懐いてくれた犬にも笑顔を見せ、翠は立ち上がる。するとちーは敏感なのか偶然なのか、周囲の犬が思わず飛び上がる雄々しい鳴き声をくれた。  対する飼い主の返事はなかったが、気にならなかった。いくら狩野の雰囲気が違い、少しは会話になったとはいえ、今日は休日で気も緩むというものだ。いつもこう話せるとは思えない。  だが、少しだけ希望が持てた気がする。待ち合わせの時間を指摘するという狩野の気遣いが翠の心に響いた。少し強引だったが、飴を渡せたことも嬉しかった。  早足で待ち合わせ場所に向かう翠の足取りは弾んでいた。
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