金木犀のひととき

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―――――― 口数がそれほど多くはない夫の運転する車で辿り着いた新築の家。 私は期待感がありつつも、緊張感が上回っていて、車を降りたその場で立ち尽くしていた。 そんな私に夫はこう言ってくれた「気に入ってくれるといいんだけど」と。 私はその言葉に小さな声で「はい」とだけしか返せなかった。 隣に立つ夫を見ると、夫の顔は少し紅潮していた。 不思議に思ってそのまま夫の顔を見つめたままで黙っていると、夫は「じゃあ入ろうか」と言って―――― 私のことを抱き上げた。 「きゃっ」 驚いてしがみつく私。 「大丈夫、任せて」 前を向いたままそう言った夫。 恋人らしいことをしたことがなかった私たちにとってあの瞬間は恋のようなときめきがそこで花開いていたと思う。 夫は私を抱き上げたまま歩みを進めていた。 そして、私の顔を見下ろすとこう言った。 『これからも、よろしくお願いします』 その言葉を聞いて私も「こちらこそよろしくお願いします」と返そうとした時。 また強い風が吹くのを感じた――――
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