川口 1

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川口 1

 中年の男は組幹部の川口。組織内の荒っぽい仕事、汚い仕事を一手に引き受けて行ってきた。  今の組の繁栄も、この男がいたからこそといっても過言ではなかった。  川口は運転しながら考えていた。  若いときは対立組織との抗争で多くの人間を痛めつけてきたし、自分自身も危ない目にあってきた。それを潜り抜けてこうして五体満足でいられるのは奇跡的ともいえる、と川口は思った。  昔、そのあたり一帯を仕切っていた老舗の中村組も、川口のおかげで衰退し、代わりに、かつて中村組の下部組織だった川口の属する吉川組が地域を牛耳っている。今では互いに違う組織に属して、対立関係はそのままだが、中村組の組長は高齢で、しかもアルツハイマーのケがあるといわれている。後継となる強い人間もいずに、中村組が潰れるのも時間の問題かもしれなかった。中村組がなくなれば、上の組織は別の団体を送り込んでくるだろう。そうすればまた、争いの日々が始まるかもしれない。  今は昔ほど荒っぽい真似はできないし、川口が直接手を下すということもほとんどなくなっていたが、またあの緊張感のある日々が訪れるかもしれない。そう思うと、川口の血が騒いだ。  川口の運転する車は、そのまま首都高速へと乗り入れた。
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