下島 3

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下島 3

 遠くの街を、下島は当てもなく歩いていた。  初めて人間の指の骨を砕いた時から、下島はその感触の虜になってしまった。買ってきたレンガでごぼうのような固い野菜を潰してみたり、骨付きの鶏肉を潰してみたりした。しかし人間の指の感触には程遠かった。もう一度、人間の指の骨を砕いてみたい。そんな欲求に耐えられずに、下島はレンガをポケットに入れて、夜の街を彷徨った。  そして、獲物を探した。  だが、実際に行動に移すことはなかった。馬鹿な真似をすれば組に迷惑がかかる。尊敬する川口に見捨てられることが最も恐ろしかった。  組の中で一目置かれている川口は、下島が組事務所に出入りするようになってすぐから目をかけて可愛がってくれた。下島は川口のことを尊敬していたし、川口のためなら何でもする覚悟でいた。いつかは川口のようになりたいと思った。  どうにもならない不思議な欲求を抑えきれずに、レンガをポケットに忍ばせて暗い夜道を歩き回ったが、決して危ないことはしなかった。歩くにしても、組の縄張りから遥かに離れた見知らぬ土地だった。  今日、川口の持っている赤いレンガを見たとき、ぞくぞくっと体が震えた。レンガを受け取ったときは手が震えそうになり、体の芯が疼いた。ずっと待ちわびていた瞬間だった。  次はいつになるかわからない。何か月も先になるかもしれない。また新しいレンガを川口から手渡される日を待ちわびて、こうして夜の街を歩き回るしかない。
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