下島 5

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下島 5

 下島は川口が地下駐車場へと入っていくのを見つめた。その中まであとをつけていく勇気はない。  今日の川口は何かおかしい。もちろんカツラやメガネの変装が何を意味しているのか分からない。それよりも、いつも用心深い川口が、今は周りを一向に気にせず、まるで別人のようなのが不思議だった。  下島は川口がカツラをかぶる理由を考えてみた。  女だろうか?  世間に知られてはまずい女と関係を持ち、変装して女に会いに行っているのだろうか? だが、川口が女と会うのに、変装までしてこそこそするような真似をするわけがない。  川口は独り身だが、愛人らしき女はいる。公にしているわけではないが、隠しているというわけでもない。  女のためにカツラをかぶり、メガネをかけているとは到底思えない。  他に理由は?  近くの中村組の組長がそろそろくたばりそうで、別のよそ者が中村組の縄張りを引き継ぐためにやって来るという噂がある。下島の元まで詳しい情報は流れてこないが、もしかしたら川口はそのことのために変装までして動いているのではないだろうか。  中村組は昔に比べ弱体化し、細々と生きながらえてきたが、新たにイキのいい組織が来たら、吉川組ものほほんと構えてはいられなくなるかもしれない。川口はその探りを入れるために働いているのか。それなら身分を隠すためにカツラやメガネで変装しなくてはならないというのも説明がつく。  だが。  あの変装はあまりにもお粗末だ。いかにも素人がやることだ。命を張ってまでのこととは思えない。しかもさっきまでの不用心さの意味も説明できない。  物陰で考え込んでいると、駐車場から川口の車が出てきた。  ちらりと見えた車の中の黒い影は、カツラもメガネもしていない、いつもの川口だった。  下島は川口の車の赤いテールランプを見送ったあとも、しばらく考え込んでいたが、どうにも答えは見つかりそうになかった。
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