十六夜の月の下

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その日課長は私がいる間には戻って来なかった。 終業直前に部長が来て 「謙太の奴には何時もの振り回される。 彼奴、今日はお詫び行脚で帰って来ないよ。 今日は時間で帰って良いから。お疲れ様。」 と言って去って行った。 私は部長に言われた通りさっさと帰る支度をして帰る。 今日課長に思わず取ってしまった行動が恥ずかしすぎたから。 小阪若葉の反応も怖い。 兎に角帰ろう。 更衣室の入り口で小阪若葉とバッタリ出会ったが、無視して前を通り過ぎる。 通るすぎる時彼女はボソッと 「謙太さんはデザイナーの世界に必ず戻るわ。 その時私が 助けにならなくちゃいけない。」 その言葉が私の心に刺さった。 デザイナーの世界に戻る。 その言葉が何回もループし始める。 だとすれば私では助けにならない。 どうしよう。 私課長が居なくてもこの会社の仕事やっていけるかな。 やっぱしみんな言う様に課長は会社を辞める準備を始めているんだ。 少しでも家に早く帰りたいと思った。 その気持ちが私を小走りに駅へ向かわせていた。 自宅の最寄り駅に着いても、小走りにに家へ向かう。 そのおかげで何時もより凄く早く着いた。 玄関に入り鍵を掛けた途端スマホがブーブーと音を立てて カバンの中で揺れ始める。 靴を脱ぎ部屋へと向かいながらカバンの中のスマホを取り出し見ると課長だった。 「はい」 何時もと同じ様に出たのに 「機嫌悪いな。」 そんな事は無いけど 「お疲れ様。ずいぶん頑張ってくれた様だな。 先ずはお礼を言わなくちゃと思って慌てて帰ったら 帰った後だったから・・・悪かったな。 クライアントが、花木が随分頑張ってたと言ってた。 部長よりも頼りになったって言ってた。」 課長が褒めてくれているのにちっとも嬉しく無い。 黙って聞いている私に 「どうした?」 優しく話さないで。
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