時雨太夫

1/1
前へ
/17ページ
次へ

時雨太夫

時雨太夫(しぐれだゆう)の本性は化け猫である──……。 まことしやかに、そのような噂が流れているらしい。元は太夫の飼猫であったが、主人を殺して成り代わってしまったのだという。 「わっちが化け猫?可笑しなことを」 手元に置く金魚鉢の中に視線を注ぎながら、太夫は目を細めて薄く笑う。 「よもやわっちが化け猫だとしても、殺生などやりんせん」 大事な人だもの、と太夫は呟く。 客が来たのだろう。襖越しに「ねえさん、そろそろ」と禿が声を掛ける。 「あい」 太夫は短く返事をすると、目にも留まらぬ速さで鉢の中から金魚を掴み、その小さな口に放り込んだ。 ぐちゃぐちゃ、ごりん、と耳を塞ぎたくなるような咀嚼音を立て、ごくりと飲み込む。ちろりと覗いた赤い舌が唇を舐め、太夫は満足そうに 「いま行きなんす」 と立ち上がるのだった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加