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時雨太夫
時雨太夫の本性は化け猫である──……。
まことしやかに、そのような噂が流れているらしい。元は太夫の飼猫であったが、主人を殺して成り代わってしまったのだという。
「わっちが化け猫?可笑しなことを」
手元に置く金魚鉢の中に視線を注ぎながら、太夫は目を細めて薄く笑う。
「よもやわっちが化け猫だとしても、殺生などやりんせん」
大事な人だもの、と太夫は呟く。
客が来たのだろう。襖越しに「ねえさん、そろそろ」と禿が声を掛ける。
「あい」
太夫は短く返事をすると、目にも留まらぬ速さで鉢の中から金魚を掴み、その小さな口に放り込んだ。
ぐちゃぐちゃ、ごりん、と耳を塞ぎたくなるような咀嚼音を立て、ごくりと飲み込む。ちろりと覗いた赤い舌が唇を舐め、太夫は満足そうに
「いま行きなんす」
と立ち上がるのだった。
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