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ある時、兄者が酷い風邪をひいて、しばらく母様から離れて寝ていた事があった。
ただでさえ身体の弱い母様に兄者の風邪がうつったら大変だということで隔離されたのだ。
そばに兄者がいない母様。
部屋の中で一人で編み物をしている母様。
オレにとって、そんな母様の姿を見るのは初めてで。そしてそれはオレにとっての最初で最後のチャンスだと思えた。
母様がオレを見ないのは、きっといつもそばに兄者がいるからだ。いくら母様だって、兄者そっくりのオレがひとりでそばにいたら、オレの存在に気付いてくれるんじゃないか。
そんな期待を込めてオレは母様に声をかけたんだ。
「母様……?」
兄者がそばにいない今。オレが兄者のかわりに母様のそばにいて何が悪い。
オレは今までずっと兄者に遠慮して、そばへよる事も叶わなかった。甘えることも。声をかけてもらうことも。頭を撫でてもらうことも。
なにひとつ叶わなかったそんな願いが今日叶うかもしれない。初めて兄者ではなく、オレが母様のそばにいる特権を与えてもらえるかもしれない。
そう思って声をかけたのに。
母様はオレの声に振り返り不思議そうに首をかしげた。
「あなたはだあれ?」
「…………!」
心が凍っていくのが解った。
「……な……何言ってんだよ。珠龍だよ。母様」
「ギョク……? いいえ、私あなたのこと知らないわ」
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