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プロローグ
季節は春。
俺こと佐藤春樹は、家から数十分程の距離にある高校に通っている十七歳の三年生だ。
俺が通う公立桜乃木高校は、俺レベルでも合格出来るぐらい(言ってて悲しくなるが…。)偏差値は高くない。
でも通学路にある桜並木とか、文化祭のちょっとしたジンクスとかでそこそこ注目を集めている歴史ある学校だ。
ある日の昼下がり。
今は国語の授業中。
担当の橋本義輝の朗読が子守唄のように聞こえて意識が朦朧としていた時の事。
「よーし、今日は課題を出すぞー。」
「えー!」
唐突に課題を出された衝撃とそれに対する周りからの盛大なブーイングの嵐で、その眠気は一気にぶっ飛んだ。
「お前達も来年は卒業だ。
進学する奴もいれば就職する奴もいると思う。
どちらにしろ、高校を卒業すれば大人への入り口に立つ訳だ。
今回の課題は、それまでの経験や感じた事を纏める自分史を描いて来てほしいんだ。」
「えー!」
「めんどくさーい!」
「そんなんやる意味あんのかよー!」
橋本の説明を聞いて、クラスメイトの奴らが次々に文句を言い始める。
でもそれに一切怯む事なく、担当教師はこう続けた。
「勿論あるとも。
実はな、俺も最近学生時代に書いた自分史を見付けてな。
その時自分がこんな事を感じていたんだなーと思い出してその頃を懐かしんだんだ。
その時書いた自分があまりに今と違い過ぎてな、思わず笑ってしまった。」
「どう違ったんですかー?」
「ははは、そうだな。
その時は先生になりたいなんて思ってもなかったんだ。」
「えー!?」
「と、まぁこんな風に時間が経てば人は変わってしまう。
今感じてる事、やりたい事、好きな事、周りとの関係も。
それらは全て若干の差だとしても今だけの物だ。
だから、それを形に残していつか見返してみるとまた違った目線で見れる。」
自分史、か。
言われて改めて考える。
これから俺はどんな風になっていくのだろう。
「ちなみに提出期限は一ヶ月なー。
ちゃんと書いたら評価を上げてやるから真面目に書けよー。」
うーむ…困った。
真面目に何を描こう。
これまでの人生は本当に普通で、ただなんとなく生きてた。
なんとなく気が合う奴とツルんで、なんとなく好きな事をして適当に生きてきただけ。
漫画の主人公みたいに夢に向かって突っ走ったりなんてしなかったし、そもそもそれほどの夢だってなかった。
何をしても続かないし、飽きっぽい。
そんな風に生きてきた俺に、誇れるような物は何も無くて。
そんな俺が自分史なんて…。
うーん…やっぱ描くならこれくらいしかないよなぁ…。
これまで何の変哲も無く適当に過ごしてきた俺が、まるで主人公にでもなったのかのように泣いたり、笑ったり仲間と助け合ったり。
ライバルが現れて戦ったり。
自分なりの答えを導き出したり。
そんな時間を過ごせたのは、やっぱりあいつのおかげなんだよなと今は思う。
それもあって、この春と言う季節はこの二年間でけして忘れられない物になった。
春って映画とかだと出逢いの季節とか別れの季節ってイメージがあるんだけど、俺にとってはそのどちらでもある。
出逢いの季節でもあるし、勿論別れの季節でもあって。
初めて出来た彼女、そして初めての失恋。
それは、俺にとって沢山の大切な事に気付くきっかけになったと今は思う。
そうして見付けた答えを、名前を。
もう二度と忘れたりなんかしない。
そう、あの時。
大切な人に感じていたこの気持ちの名前を、俺はまだ知らなかったんだ。
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