第二章

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程無くして、バスは目的地にたどり着く。 これから登る山を目の当たりにした俺達には、只でさえそれだけでも絶望的だと言うのに更なる拷問が待っていた。 「えー!皆さん!ここが今から登る山であり、私がこの登山人生で初めて登った記念すべき山でもあります。」 そんなの別に記念にしなくて良いだろ…。 そう、校長の自慢話の続きだ…。 せっかくバスのエアコンで少しは体力が回復したと言うのに、この無駄話のせいで早速それも容赦なく奪われていく。 と言うか今朝も散々自慢してたのにまだ足りないのか…。 その後に簡単な説明があり、早速俺達は登山を開始する。 まぁもっとも…自慢話のせいで語ってた校長以外(教師含む)皆げんなりしてたし、朝同様大体の人が説明なんか頭に全く入ってないんだろうが…。 先導する教師は自分達もげんなりしてただろうにお構いなしだ。 仕方なく先々歩く教師陣を後ろから恨めしく睨みつけながらそれに続く。 小城のように運動神経がある奴はさっさと前を歩いていくが、俺とヤスは終始のんびりだ。 班で固まって動いてるから、その横を高橋さんと小池さんも歩いている。 二人もそこまで体力がある方ではないから、歩くペースはゆっくりだ。 まして小池さんに至っては足が短いから、足場の悪い山道に随分難儀している様子で、 「登山なんか企画した校長いくない…。」 と、早々にぼやいていた。 「まぁ、ペースは自由なんだ。 気長にやるしかねぇだろ。」 そう言うヤスは、汗をかいてはいるものの四人の中で一番余裕の表情だ。 「お前…人間かよ。」 「は?当たり前だろ。」 そう言えばあいつも運動は苦手だったよなぁと、なんとなく辺りを見回す。 俺達から少し離れた所を歩く美波は、藤枝さんと男子二人と一緒だった。 その内一人は前に一緒に帰ってるのを見かけた男子だ。 「なーに見てんのよ。」 「うひゃい!?」 不意に後ろから小池さんに声をかけられ、思わず変な声が出てしまう。 「あ…いや…。」 「んー?」 一方の小池さんは、さっきまで俺が見ていた方に目を向けて何かを察したように顔を顰めた。 「…あぁ…あの人なんだ。 あんたの元カノ。」 「え…?は?え?」 予想外な小池さんの反応に、思わず拍子抜けする。 「なんとなく分かるわよ。 藤枝と一緒だし。」 「うっ…。」 す、鋭い…。 「うわ、あの人。」 言いながら小池さんが控えめに指を刺したのは、美波が一緒に帰っていたクラスメイト。 「あいつ、水木稔(みずきみのる)よ。 確かサッカー部のキャプテンで、オマケに絵に書いたようなイケメンだし? 他のクラスの女子がサッカー部の練習見て騒いでるのを見た事あるわ。 まぁ私は別に興味無いけどね。」 うんざりしたような表情でそう言って教えてくれる。 「へ、へぇー…。」 何だって美波がそんな奴と…? 一体どう言う関係なんだ…? 思わず気になって水木と言われたその男子に目を向ける。 「え…何?あんたもしかして嫉妬してる訳?」 そんな俺を見て、小池さんはそう言って顔を顰めてきた。 「し、してない! 絶対してない!」 する筈ないし、そもそもして良い筈もない。 前に見た時だってそう自分に言い聞かせたじゃないか。 「見た感じ結構仲良さそうよねー。 ただのクラスメイトなのかしら?」 こちらをジロジロ見ながら、当て付けたように言ってくる。 「お、俺には関係ないし…。」 「ふーん。」 そう返す口調はいかにも納得いかないと言った感じだ。 「な、なんだよ?」 「じゃあさ、元カノが水木と付き合ったとしてもなんとも思わないんだ? 素直におめでとうって言えるんだ?」 言われて一瞬口ごもるも、すぐに言葉を繋げる。 「…仕方ないだろ? もう終わった事なんだから。」 「仕方ない…ね。」 素直におめでとうと言えるか。 本意がどうあれ、言わなきゃいけないんだろう。 いや、実際にはそもそも祝う権利すらないのだ。 引き留める権利も、もう一度隣に居る資格も、今の俺にはもう無い。
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