第一章

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教室に戻ると、ヤスは椅子を後ろに向けて俺と向かい合う。 これが最近のいつも通りの昼食体制。 「なんだよ?お前、昼飯にドーナツなんか食うのか?」 「ぐっ…こ、これはデザートだよ。」 「ふーん。 メインがないのにデザート…ね。」 「うっ…。」 結局無意識にパンと間違えて買ってしまっていたドーナツを睨み付ける。 確かに普段なら昼飯は焼きそばパン、カレーパン(甘口に限る)、ホットドッグみたいな惣菜パンが主だ。 でも今日無意識に買ったのはそれとは全く違うデザートの類の物。 しかも全種類(五種類)を一つずつ。 季節限定桜色の苺チョコレートがかかったオールドファッションに、たっぷりのホイップクリームが中に入ったエンゼルクリーム。 変わった形が特徴のもちもちリングドーナツに、チョコレートが付いたフレンチクルーラー。 あとは砂糖がまぶしてあるチョコレートのドーナツと言う感じの五種類だ。 「別にお前の好みをどうこう言うつもりはねぇけどよ。」 「お、おう。」 一つを手に取り、しばし眺める。 確かに一人でこの量のドーナツはなぁ…。 ドーナツで有名な坊チェーン店に行ったとしても1人でこんなに頼まないし、昼飯を食べに行くならドーナツ以外の物を頼む。 この場にあいつが居たら二人で半分こしたりしてたんだろうけど…。 「なぁ、ヤス。」 「あ?」 「毎日俺にメールくれよ。」 「絶対嫌だ。」 即答されてしまった。 「じゃあ俺の為に弁当作ってくれよ。」 「おい…いい加減気持ち悪いんだが。」 ヤスの家は父子家庭だから弁当は毎朝自分で作っているらしい。 と言っても冷凍食品が主で、凝ったものと言えば卵焼きくらいか。 「自分ののついでに…。」 「本気で言ってんなら一発殴らせろ。」 「ごめんなさい。」 「そもそも俺にそんな事されて本気で嬉しいのかよ…?」 ため息一つ、頭を抱えながらそんな事を聞いてくる。 「いや…全然…。」 「いや…そこは即答すんのかよ…。」 「いやまぁ…。」 うん、自分で言っておいてなんだが考えてみたら相当気持ち悪かった。 「ったく…で?急になんだよ。」 「いや、なんかさ。 前まではそれが普通だったからなんか違和感があると言うか…。 このドーナツだって買っておいてなんだけど自分一人で食べるのはなぁ…って感じだし。」 「そんなの当たり前だ。 急に環境が変わって、すぐに適応出来るほど人間は万能じゃねぇよ。 無意識にドーナツを買った事も、それを見てそう感じてる事もだからじゃねぇの?」 「だよなぁ…。」 「ま、それは多分お前の元カノにも言える事なんだろうがな。」 「そう…なのかな?」 きっと、毎日俺の為に作ってた弁当を作らなくて良くなったから本当に作らなくなったのか。 それか、作ってても友達にあげているのかもしれない。 どちらにしろ、彼女も俺と同じようにその環境の変化に違和感を感じているのだろうか? 「すぐに慣れろとも忘れろとも言わねぇがな。」 「おう、ありがとな。」 「ただ、今日のは本気でキモかった。」 「それは本当にごめんなさい。」
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