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「不良の部分がある方がいい」臼井の言葉の意味を反芻し、南幸橋から下を覗くと、どす黒い川に満月が揺れていた。丁度、表と裏の己の姿を映している。教師なんて偉そうに教えているけど、ほんとは何にも見えてない。人には本音で語ろうといいながら、自分は硬く閉ざして心の奥は覗かせない。家庭が崩壊寸前なのに完全無欠の振りして、他人の相談に乗るおこがましさ。自己欺瞞に反吐が出る。パチンコ屋のネオンが更に顔を赤らめた。
前を通り過ぎようとして、強力な磁力に足を取られ、背中を押された。「やってみろ!」足先をドアの内側に入れると、そこは別天地だった。地響きする音響。マイクのがなり声。けたたましい作動音。耳をつんざく煩さに思わず両手で耳の穴を塞いだ。強い光に目をしょぼつかせ、タバコのむせ返る煙幕に息を止めた。食い入るばかりに画面を凝視し、ひたすら玉を打ち続ける異様な光景に圧倒され、取り敢えず手近なイスに座り、財布から五千円札を取り出した。右も左も目が血走り声を掛ける隙も無い。手を上げて係りを呼んだ。五千円札は三十分も持たずに消えた。煩いだけで楽しくもない。こんな単純な遊びのどこが夢中になる程面白いのか。損した気分で席を立ち、同時にシャツの後ろを引っ張られた。
「最後の一発で来たよ! 不思議に止めると出るんだよね。ラッキーだね。確変だよ~」
「エッ! 確変ってなに?」
「続けてくるのさ。知らないの。初めてかよ。ビギナーズラックっていうやつだな!」
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