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第五章 不良の扉
毎月第四金曜日の夜は団地の集会所で親父の会がある。圭介が到着した時はすでに、十三、四人が車座になって呑み始めていた。
「まあ一杯どうぞ。ええっ!呑めないの~。先生というのは真面目だけじゃぁ駄目よ。不良の面もないと子供の気持ちが分かんないよ。道をはみ出して初めて見える真実もあるのよ。クズな俺が説教出来る立場じやぁないけど。」臼井純也は父子家庭だった。純也が小学四年の時、母親は五歳の妹を連れて家を出た。純也を近所に預けたまま出て行って、それっきり帰らなかった。新興宗教にのめり込み、多額の借金を抱え、サラ金に追われて別れたと聞いた。兄妹の内、妹の障害児だけ連れて出たのは、さすがに母性愛だと感心していた。
「違うよ~先生。世の中そんな甘くないのよ。あれが下だけ連れて出たのは、障害児の年金が欲しかったのよ。最低限の食える保証を得る為にね。エリート先生には、下々の醜さは想像付かないだろうけどな。う~ん、でもそこまで追い詰めたのは、俺が無関心で放って置いたからよ。かあちゃんは寂しくて宗教に走った訳よ。先生も奥さんは可愛がらなきゃだめよ。女はギリギリまで我慢して、いきなりパンと切れるから用心しないと怖いよ~。」
泣き上戸か、垂れる涙を拭きもせず本音を曝け出す姿は、圭介の良心を強く揺さぶった。
「先生、麻生です。佑大が色々お世話になり有難うございます。お陰で佑大は見違えるように元気になりました。指導が変わるとこんな風に伸びると見本を見せられました。ワイフは信奉者になり口を開けば先生を褒め、焼きもちが焼ける位です。私は会社人間ですから、蚊帳の外に置かれ相手にもされません。」
そつのない挨拶に恐縮し、仕事中毒の弊害はどこの家も抱える問題だと、苦笑させられた。
父兄の一人が横浜駅まで車で送ってくれ、腕時計を見ると九時ちょっと前だった。このまま電車で帰る気分になれず、駅に背を向け、繁華街の雑踏をぶらぶら歩いた。
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