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庸介は同意するように含み笑いだけを返しておく。
塩サバ定食を注文し、待っているあいだテレビを眺めていると、引き戸は音を立てる。
入ってきたのは昨日の夕刻に出逢った美しい男だ。
今日も糊のきいたシャツにスラックスという、清潔感溢れる装いに身を包んでいる。
庸介は驚き、切れ長の瞳を大きく見開いてしまった。
「綾世さん」
「……きみは……」
彼もまた目を見開き、驚愕を示す。
「奇遇なこともあるものだね。僕もこのお店にはときどき来るんだ」
綾世は庸介の隣に座ってくれた。
石鹸の香りが、庸介に届く。
(においも……いいにおい、だ)
柾貴と過ごしていると水商売の人間と接する機会はあったが、多くが香水と煙草の匂いをさせている。
昨日も感じたことだが、なんだかこの男には、歓楽街の夜に生きる人間らしさがない。
注文するのも六百五十円の日替わり定食だ。
庸介は素直な感想を伝えてしまう。
「驚きました、こういう庶民的なお店に来るんですね」
口にしてから、発言が失礼に取られないかと気になった。
「……あ、それは、悪い意味じゃなくて、俺のなかで新鮮っつうか、いい意味です」
「敬語じゃなくて構わないよ。あんまり、堅苦しいのは好きじゃないから」
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