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ルキナは目を伏せて、窓を閉めるように御者に告げた。通りに広がる死臭で鼻が曲がりそうだったからだ。八条通りといえば戸籍を失った難民の住処として有名である。そんな場所に公的機関である血質院があるのは難民に治療を施すためだったが、西地区の十分の一ほどの経済規模だと言われる東地区に血質院は一つしかなく、用があるものは皆恐々としながら血質院に訪れた。
「顔色が悪いぞ? 帰ったら医者に脈を見てもらえ」
「うん……」
中央に座する王城の道から長々と伸びる石畳も、辺境の八条通りには及んでいない。土道の田舎と揶揄される中央東地区のさらに端、最も治安の悪い場所にある血質院は、王侯貴族から難民まで分け隔てなく医療を施すという一視同仁を理念に掲げた医療機関であった。また同時に古代の王が定めた儀を執り行う重大な役目も担っていた。十八になった国民が、一様に行わなければならない儀である。
「セイ……」
ルキナは長い睫毛を伏せて、碧色の瞳でセイクリッドを見上げた。
祝いの日にふさわしい華やかなレースが施された襟を、セイクリッドは心地悪そうに整えていた。カタカタとブーツを踏み鳴らし、落ち着かない様子でカーテンの間から土道を睨みつけている。今日の祝日に合わせ許嫁に施して貰ったという、金銀糸で花の刺繍がされたコートが薄暗い馬車の中でよく目立った。
車輪の音が変わり、石畳のある道に出たことを知る。六条通りに入ったのだろう。道の端に転がる乞食の姿は見えなくなり、代わりに道には牛車や馬車が増えていった。王城に近づけば近づくほど町並みが豊かになっていくのは、まだ辻髪の童子も知っているような中央区の条理であった。
「ともあれ、晴れて成人だ」
カーテンの隙間から朱色の吊るし飾りが見える。ルキナの実家の瓦屋根から人形や花を模してぶら下げられたそれは、下女たちが何日も前に用意をした剪紙の切り絵細工だった。この家の嫡男が、無事に冠令の儀を向かえたことを祝っていた。
邸の門前で頭を垂れるのは、父から与えられたルキナの従者である。歳はルキナよりも離れているが、幼いころを共に過ごした兄弟のような存在だった。
「ミズシゲ」
ルキナがカーテンの合間から顔を出し小さな声で従者を呼べば、彼はにこりと笑って馬車を止めた。
「ルキナ様、おかえりなさいませ。顔色が悪いですね。八条通りまで行ったのならさぞかしお疲れでしょう」
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