王子としての過去

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「そうすると百年前に起こったという火山の噴火も……?」 「ああ。妃の祟りである可能性が高い。帝国のすべての魔術師から移動魔法が消えたことで、それまで軍に所属しない魔術師などの組合が行ってきた国内外の流通が麻痺し、帝国の主産業である絹が全く売れなくなった。帝国は噴火以前は今の二倍の国民を養えていたが、それも昔の話だ……うっ」  一言発話するのにも、全身のエネルギーを使っているようなリチャードに、サンの胸のざわめきが大きくなっていく。 「ディック……」 「どうした? どこか痛むか」  サンは思わず笑ってしまった。瀕死の重傷を負った者が、至って元気な自分を心配しているとは。 「死んじゃだめです」  サンは言った。 「有り難いが、私はもう……」 「少し痛みますよ?」  少数民族ゴゴメの呪術が気味悪がられる理由、それは、冥界との契約ができるからだった。 「うっ……グハァァァッ」  口から鮮血をだし、苦しむリチャード。それを悲しげに見つめるサン。  回復魔法に該当するものがない代わりに、ゴゴメは破壊を司る神を欺くという術を見いだした。  鮮血も痛みも、サンがリチャードに見せている幻であった。そしてその幻は冥界にも見えていた。  本人も錯覚する「致死性」を見せることで、冥界の神はまれに死の縁にある人間を死んでいないうちから死んだと誤認定することがある。  誤認定された人は、死から無縁になる。生きていないはずの人間として、長く生きることになるのだ。 「グッ……うぅ」  リチャードの目は虚ろになり、光が消えていく。 「頼むッ、神よ!」  神よ過てと願う民族の、ひ弱な子どもだったことを、生まれて初めて誇りに思えるかもしれない。 「神よ!」  サンは祈った。
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