第一章 漂流記

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 壱樹村(いつきむら)に、車で入ろうとすると、落ちる。それは幾度か体験していたが、妙な現象であった。ちゃんと続いている村に向かう道を走っていて、道路も前にあるというのに、まるでエレベータで下がっているように、宙に浮いて落下する感じがするのだ。 「志摩、逃げるならば、今!」   志摩は形を持たない、×(ばつ)と呼ばれる村の住民であった。村には二通りの人間がいて、普通の人と、×とに分かれている。×は、人よりも遺伝子が多く、人とは異なる能力を持っていた。そして、×は自分にない遺伝子を食って得て、神に近い存在を目指す。  完全な遺伝子を得ると、×は原始に戻り、世界は創世に戻るとも言われている。  車が落ちている隙に、外に逃げ出すしかない。今ならば、封印の布が落下で揺れていて、やや封印が緩くなっている。  俺は、志摩に食べられている状態で、志摩は箪笥の中に封印されていた。志摩は、封印の隙間から手を出すと、トラックの荷台から外に飛び降りた。 「逃げるな!」  封印していると安心して、荷台に置いておいたほうが悪い。  落ちてゆく瞬間に、封印していた布が飛び、俺は志摩から飛び出した。俺が先に地面に着地し、志摩の箪笥が壊れないようにキャッチする予定であったが、しかし、それ所ではなく、ドブンと沈んだ。 「ドブン?あ、地面ではない……うわあ……」  地面かと思ったら、そこは川になっていた。しかも、おもいっきり、水の中に落ちてしまった。すると横に、志摩の箪笥も落ちていた。 「守人さん、助けてください。溺れます!」 「大丈夫!この箪笥は木製なので浮く!」  俺は、上月 守人(こうづき もりと)、薬剤師を目指す大学生であった。今は、弟の光二(こうじ)を人質に取られていて、さらに、俺は死んだ事になっていた。 「守人さん、沈みます!死んでしまいます!」  この箪笥の中にいる×、志摩に食べられて俺は死んだ事になり、村が闇に包まれている。落ちた川も闇の中であったが、そこは俺がどうにかできる。 「助けて!浮きません!」  箪笥は川に浮いているので、俺が捕まっている状態であった。志摩は泳げないので、水に入るとパニックになるのだ。 「志摩、海では浮いていただろう。その要領で浮く」  でも、箪笥が岩にぶつかりそうになったので、俺は足で蹴って陸に近付けた。
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