第一章 天狗も空から落ちる

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 「天狗」とは「天空のプロレス」とも呼ばれる格闘技の一種だ。おでこのところにちょこんと頭襟を乗せ、足には一本歯の高下駄、手には錫杖と呼ばれる杖を持ち、いわゆる山伏装束の天狗たちが地上十メートルのところにある檜舞台の上で、一対一で戦う。ルールはいたってシンプルで、地上に振り落とされた方が負けだ。一時期は大相撲やプロ野球と並ぶほど、とまではいかないが、天狗ブームの際にはテレビのゴールデンタイムに天狗の跳ね合いが放送されるほどの人気があった。それも今は昔のことだが。 天狗には大天狗、烏天狗、木葉天狗、魔天狗、邪鬼天狗という四つのランクがあり、烏天狗から自分の弟子を持てる。大天狗になるには五十年以上の修行が必要と言われており、一人の師匠に師事し、その師匠の門下に入って技術を磨く継承していく。ひがくれ亭も烏天狗のひがくれ亭夕焼けを門主に、かつては一世を風靡した天狗一門だったが、いまやその活躍は見る影もなく、ヘタテンと呼ばれる夕焼けの息子と、中学生と高校生の見習い弟子を抱えるだけの廃業寸前の貧乏一門に成り果てている。  小焼けの所属する関東天狗協会は、地域貢献、普及活動と称して、地元の小学生に天狗を知ってもらう「子ども天狗教室」なるものを月に一回開いている。普段講師をやっている天狗が出られなくなり、急きょ代打で呼ばれたのが小焼けだった。 「そんなつまんない説明はいいからさ、早く飛んでみせてよ。いつもの先生なら、そうしてくれるよ。な?」     
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