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悠夏はもちろん、冬でも暖かなこの地域で生まれ育った聆生にとっても、毎年何十センチもの積雪を記録する雪国の地は、想像のうえだけで語られる未知の世界だった。
でも、悠夏には、それが当たり前の日常になっていくのだ。
聆生には決してうかがい知ることのできない場所で、知らないひとたちと、これから悠夏は生きていく。やがて、あわただしい生活のなかで、聆生はかつての友人として、思い出という名のきれいなだけの存在へとすり替えられていってしまうのだろう。
──今、一瞬だけ悠夏のうえに降り注いですぐに消えていく、この通り雨みたいに。
ほんのいっとき触れて、過ぎていくだけ。
こんなに、近くにいるのに。
「……聆生?」
気が付くと、指先が白くなるくらい強く、悠夏の服の裾を掴んでいた。次々と自分のなかに溢れ出してくる衝動に翻弄され、頭の芯がくらりと揺れる。
それは、にわか雨のような感情だった。
「──行くなよ」
自分のものとは思えない、ひどく掠れた声が告げる。その言葉に、悠夏が驚いたように息を呑む気配がした。
「おまえ、……なに言って……」
「ずっと、一緒にいてよ」
先を続けようとする悠夏をさえぎって、堪えきれずに震え出した唇を必死に動かす。
今、言わなければ、苦しくて苦しくて身体中がばらばらになってしまいそうだった。
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