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「十子(とおこ)ちゃん」
そろそろかな、と思った。
僕の右斜め前に十子ちゃんが座っていた。
制服のブレザーがしわになるのも構わずに、大きなクッションをきつく抱きしめながら、じっと空を見つめている。
薄く茶色がかったセミロングの髪から覗く、綺麗な横顔が殺気立っていた。
十子ちゃんはしょっちゅう何かに怒っている。
確か前はパラリンピックがTVでほとんど放映されない事で、その前は以前見た映画がどれほど原作を無視しているか、という事だったと思う。
十子ちゃんは、今日は朝からずっと怒っていて、学校でさんざん怒りの原因を僕や彼女の友人達に話したにも関わらず、それでは収まらなかったようで、僕の家に寄ってからもまだ怒っている。
僕は彼女のまっすぐな怒りにいつもほれぼれする。他人の為にこんなに怒れる人はそういない。いつも華奢な彼女の体もこんな時は大きく見える。
じっと窓の辺りを睨んでいた十子ちゃんは、僕の呼びかけに顔だけこちらに向けて、言った。顔が怒りで赤くなっている。
「信じられないでしょ!? 生身の人間は駄目なのにネットの人間は信じられるのよ!?」
僕はうん、そうだね、と頷きながら立ち上がった。
「十子ちゃん、お茶飲む? 」
クッションにうずめた顔から、目だけが僕を見上げた。猫の瞳にそっくりだ。いつもそう思う。
彼女は再び何か言おうとして口を開け、一旦閉じ、やがてばつが悪そうにぼそっと言った。
「・・・ミルクいっぱい入れてね」
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