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芸能人御用達の個室居酒屋は鍋の熱気で蒸している。店には大勢の「オーラ」を持った人間がいるはずなのに、店内はほとんど物音もなく静かである。
「あんなもん、アホの振りや」
須郷は言う。先月出演したクイズ番組で無学ぶりを発揮し「登山」すら読めなかったことを独りごちているのだ。
何せこいつはほとんど授業も受けず、スポーツの才能だけで義務教育を経て現在まで生きてきたのだから仕方がないが。
ただその才能でこの域までこれたのは奇跡のようでもあり、驚嘆すべきことではある。
「わかるで。それを世間はわかってへんよな。須郷は賢いで、だから活躍できるわけや」
私は彼を持ち上げる。須郷は能天気で熱い男として人口に膾炙しているが、実は非常にメンタルの弱い人間でもある。
高校時代には幼馴染が喫煙していることを知っただけで、自分まで疑われサッカー部が危機に陥らないかと鬱々していたのを覚えている。
「今日はこっちが持つで。お前がいつ慰謝料取られるかわからんからな」
「アホ、そんな話ええねん」
「ええやん聞かせてや。最近会社も調子ええからホンマに今日は出すで」
嘘だ。私の懐具合はすこぶる悪い。
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