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10、触ってもいいですか
元小学校の体育館を利用した練習スタジオでは、スタントマンたちが、殺陣の練習をしていた。
木刀を打ち合う音が、外の駐車場にまでカンカンと聞こえてくる。
東條は、暫く車の中から練習の様子を眺めていたが、彼らの中に柳森がいるのを見つけて、体育館の入り口の物陰に隠れていた。
1対1の殺陣で、片方が斬られ役になっているらしく、何手か打って、その都度払われた後に、一太刀で斬られてしまうという流れのようだった。
柳森は斬られ役で、何度もかかっていくのだが、相手役より頭1つ大きいためか、打つ場所とタイミングが、今ひとつかみ合わない。動きも緩慢で、相手役がその度ごとに止めに入っていた。
隣で練習している者たちとの違いに、東條も素人ながら、「遅い!」「一歩前!」「引け!」などと、つい物陰から叫んでしまいそうになる。
その時、「東條さん!」と、辛島の声が体育館に響き渡った。
それと同時に、木刀が何か硬い物に当たったような鈍い音がして、東條に目線を合わせた柳森が、上半身から崩れ落ちた。
「柳森!」
周囲の者が駆け寄って、体を揺する。
「氷持ってこい!」「誰か、濡れタオル!」「病院に運びますか!」
スタントマンたちが口々に叫ぶ中で、東條も大声を張り上げていた。
「ダメだ、下手に触るな! それは、俺の体だ!」
輪の外側から聞こえてきた声に、スタントマンたちが一斉に振り向く。
体育館は一瞬にして静まり返った。
東條は、「いや、その‥‥」と、自分の口から不意に出た言葉に戸惑いながら、彼らの輪に近づいた。
「今、頭に当たりましたよね。だから、動かさない方がいいと思うんですよ。打ち所によっては、瘤だけじゃ済まなくなるし。実は、彼、俺のスタントをしてくれることになっていて、彼の体に何かあると、俺が困るんですよね。つまり、俺の体ってのは、そういうことで‥‥」
唖然とした表情で、東條をジッと見つめるスタントマンたちの様子を伺いながら、彼は言葉を選んだ。
「いやあ、スターさんに、そんなこと言ってもらえるなんて、こいつも幸せもんだ」
辛島が、東條の詭弁を良いように解釈する。
「なあ、有り難いよなあ、柳森」
「はい‥‥」
気がついた柳森は、反射的に辛島に返事をし、体を起こそうとした。だが、東條は、「動くなッ」と、その肩を抑えた。
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