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まさか西脇は、自分に罠を仕掛けたんじゃないだろうな。
捻くれた思考に捉われ始めた東條は、「あの野郎‥‥」と、つい口に出して、ハッした。
水村が、話を止めて、「エッ?」と、聞き返してくる。
「いや、何でもないよ。急に芝居のシーンが思い浮かんできちゃってさ」
東條は、いつものように適当に誤魔化した。
「さすが、東條さん。こんな時にも、芝居のこと考えてるんですね」
水村は、相変わらず的外れな褒め方をして、話題を自分に引き戻した。
「僕、本当は、東條さんの現場だけ付いていたいんですよねえ。東條さん、一度も怒ったことないし、僕の話もちゃんと聞いてくれるし、メチャクチャいい人じゃないですかぁ」
水村が、自分にとって都合のいい人間を、『いい人』と言っているのだということは理解できたが、東條は、あえて指摘しなかった。
万が一にも、ゲイであることがバレた時、それまでの印象次第で、噂がどう広まるかは、経験上知っていた。西脇のように、担当についているうちから悪口を言われるようでは、些細な秘密が明らかになっただけでも、全人格を否定されるような悪い噂を立てられてしまう。そして、悪い噂ほど、一気に広まっていくのだ。
近くにいる人間ほど、腹の中を見せてはいけない。
「西脇さんの現場マネージャー、一人じゃ足りないからって、僕、ここのところ何かと駆り出されちゃってるんですけど、東條さん専属にしてくださいって、蒲生さんにお願いしたほうがいいですかねえ」
水村の話は際限がなかった。放っておくと、延々と愚痴や悩みを聞かされそうで、東條は、「仕方ないよね。俺、今、ほとんど現場入ってないからさ」と、自虐的な話題で無理やり話を打ち切った。
「西脇を優先してくれていいからさ、蒲生さんの連絡、よろしく頼むよ」
車を降りる間際、東條がそう念を押すと、水村は「ああ、そうでしたよね。すっかり忘れてました」と、笑いながら答えた。
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