2、追い詰められて

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 マンションの部屋に入ると、東條は、ソファの上に台本を放り投げた。  ずっと折り曲げたままだったページが、自然と開く。  そこには、『企画』として、蒲生の名前が記されていた。  「本当にイジメなんじゃないだろうな。それとも、あれか。仕事をつくったはいいが、主演にするはずの西脇にケラれたとか。いやいや、奴を説き伏せるくらい、蒲生なら簡単だろう。そもそも西脇がケル理由がない。スケジュール調整だって、全部、蒲生の仕切りだし‥‥。ったく、何なんだよ。何で、俺がこんな役。誰が考えたって、西脇の方が客を呼べるだろう」  誰かに話を聞いて欲しくて、何でもいいから答えを見つけたくて、頭の中の疑問が、つい声になって出てしまう。そうしているうちに、考えられ得るもう一つの答えが、頭に浮かんだ。  「今回の罰か? 脅迫された金の分、働けっていうのは建前で、事務所の役者たちへの見せしめとか? もう、どんな仕事も断れないような状況づくりをしてるとか? 今頃、ほくそ笑んでるんじゃないだろうな。これじゃあ、真性のドSだろう」  学生時代、柔道で国体までいったというガタイのいい蒲生が、ボンテージ姿で鞭を振るう姿が不意に浮かんでくる。  『俺の仕事が、受けられねえっていうのか、ああんッ? いい度胸、してるじゃねえか。もっと、強く打たれれば、その気になるか? どうだぁ、やる気になったか?』  笑えない想像に、東條は、頭を振った。  「ないない、少なくとも、俺は絶対ないから」  蒲生の名前を見まいと台本をひっくり返すと、表紙に大きく印字された題字が目に飛び込んでくる。  『永遠のスプラッシュ』  「ありがちなタイトルだよな」と、東條は呟いた。  まだ、あらすじだけしか読んでないが、これもまたありがちな内容のように思えた。  あるトラウマから競技を離れた高飛び込みの選手が、人生に迷った挙句、再び高飛び込みの世界に戻ることを決意する。  主人公である元高飛び込み選手の古賀琢磨を東條が演じるのだが、飛び込み自体は経験のあるダイバーがやるとしても、高さ10メートル?の飛び込み台での演技は必要になるだろう。
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