26、友達になんてなれない

1/8

113人が本棚に入れています
本棚に追加
/124ページ

26、友達になんてなれない

 オーストラリアの渓谷で、クリフダイビングの予選大会は開催された。  年に1度行われるワールドツアー出場者決定のための予選大会は、柳森にとって、1年近い練習の成果を発揮する、大切な競技会だった。  柳森は、控室でスタンバイすると、ダイブする時以外、肌身離さずつけているネックレスのクロスのチャームを握りしめた。  オーストラリア遠征の3日前、柳森の元に、日本からのエアメールが届いた。  差出人は東條で、中には2枚のDVDと、リボンの巻かれた縦長の箱が入っていた。  柳森は、白い盤面に、映画のタイトルと『見本配布用』と赤文字で書かれたDVDを、パソコンのDVDドライブに挿入した。  映画の配給会社や製作会社などのロゴが幾つか続いた後で、真夜中の繁華街を泥酔状態で彷徨う東條の姿が映る。頬を弛ませ、赤ら顔のメイクをしたその顔は、ずっと身近で見ていた東條とは似ても似つかなかったが、柳森には懐かしかった。  その後、恩師や旧友たちとの再会や諍い、新しくできた恋人とのラブシーン、彼女をおいてひとりで旅立つシーン、運命を変える出来事などがつらつらと描かれるのだが、怒っていても、嘆いていても、泣いていても、憂いていても、東條の映るワンカットワンカットが、柳森には美しく見えた。  そして、中盤に差し掛かる頃の回想シーンで、高飛び込みのシーンは使われていた。  大会に出場した東條が、飛び込み台の階段を上る。  その映像に、柳森は、息を飲んだ。  初めの1段を飛ばして上がるのは、縁起担ぎがいつの間にか習慣になった、柳森の癖だった。  上がっている時は足元を見続け、上りきったところで天を仰ぐ。そして、首を回し、指を鳴らしながら、足首を回す。右足首から回すのも、回転させる方向も、全てが、柳森そっくりだった。  「お前のこと考え続けて、お前の飛び込みなんか真似るんじゃなかったよ」  イギリスのホテルのプールで、東條が言った言葉を、柳森は思い出した。  これは、元ダイバーの癖を、単に真似したということではない。いつか、「俺が、お前になる」と言ってくれた言葉通り、主人公の古賀に、自分を投影してくれたのだ。  そう思うと、最後まで強がって、ひとりで日本に帰って行った東條が愛おしかった。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!

113人が本棚に入れています
本棚に追加