26、友達になんてなれない

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 それと行き違いになるように、東條が、「水村くーん」と呼ぶ。  水村が観客席の一番下まで降りると、東條は、「俺の顔、アップにして」と言って、カメラに向かって話し始めた。  「俺のダイブ、どうだった? って言っても、まだ棒飛びだけどな。お前、撮影が終わったら教えてくれるって言ってたのに、そのままそっちに残ったから、根木君から教えてもらったわ。彼、正式に強化選手に選ばれたってさ。だから、頭からのダイブは、ちょっと先になりそうだな」  「ダメですよ。もう、次のスジュール決まってるのに、怪我でもされたら、僕が蒲生さんに叱られます」  カメラのフレームから東條の顔が外れて、水村が口を挟んだ。  「シーッ。そういうのは、後で聞くからさ」  顔の前から外れたスマホを水村の手から取り上げ、自分で目の前に合わせると、東條は続けた。  「なあ、柳森。たまには連絡しろよ。辛島さん、心配してたぞ。連絡がないのは元気な証拠だって、強がっていたけどな。愚痴でも文句でも、何でもいいんだ。お前は一人で頑張るたちだから、そういう情けないことは言いたくないって思ってるんだろうけどさ、そんなことでも、お前の声を聞きたいんだよ。話すのが嫌なら、メールでも良いしさ。辛島さんだけじゃない。俺だって‥‥。バディじゃなくなったって、俺たち友達だろ」  東條に認められる男になりたくて、早く結果を出したくて、柳森は、この1年、必死でトレーニングを続けてきた。  泣き言を言ったら、きっと東條は、優しく慰めてくれる。  そう知っていたから、一切の連絡を断ち切った。  それなのに、大会の前日に、こんなDVDを見てしまうなんて。  「東條さんは、ずるいです‥‥」  悲しくもないのに、?を涙が伝う。  「あっ、それから‥‥」  一度フレームから外れた東條の顔が、再び、カメラに向かった。  「クリフダイビングのシーン、見たか? あれ、ほとんどお前のカットになってたわ。俺も結構カット撮ったんだけど、使われてたのは飛ぶ前の顔のアップだけだった。バックショットもサイドからのショットも、お前のカットだからな。『体型も動きもそっくりだから、顔バレしないところは、本人の映像を使いました』って言われた。主役は俺なのに、『本人』って、どういうことだよ、なあ。でもさ、『本物の迫力には勝てない』って言われたら、俺も納得するしかないんだよな。‥‥良かったな、柳森」
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