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3、ビキニパンツの中身
打ち合わせルームにお茶を運んだ水村は、デスクに戻ってくると、蒲生の顔色を伺った。
「やっぱり、僕、迎えに行った方がいいでしょうか。昨日から、東條さんの電話、ずっと着拒にしてるし、蒲生さんも、全然、連絡してないんですよねえ。いくら東條さんがいい人だからって、これじゃあ、僕、怒られちゃいますよ」
だが蒲生は、水村を見ることもなく、冷たく言い放った。
「だから、いいんだよ、今回は。俺がいいって言ってるんだ、お前が心配することじゃない。だいたい早すぎるんだよ、来るのが」
「確かに、約束の30分も前に来られても、困りますよねえ‥‥」
水村が、渋々席に着く。
「だいたい、営業もマネージャーも来ないで、社長がついてくるって、どんな魂胆があるんだよ」
蒲生は、打ち合わせルームの方をチラリと見てぼやいた。
ガラス張りの打ち合わせルームでは、スタントマン専門の芸能プロダクションの社長、辛島剣太郎(からしま・けんたろう)が、水村が持ってきたお茶を啜っていた。その奥で、ジャージ姿の柳森宗輔(やなもり・そうすけ)が、プッシュアップをしている。
「そうそう。どんな時でも、トレーニングは必要だ」
「はいッ」
元スタントマンとは思えないほど腹の出た辛島の言いつけに従って、柳森は上腕部のパンプアップに精を出していた。
「ギリギリまで筋肉を追い込んで、最高のコンデションにしておかないとな。準備はできてるんだろう」
「はいッ。できてますッ」
柳森は、パイプ椅子の脇に置いてある大きなスポーツバッグに目をやった。
「大腿四頭筋もやっておけよ。元スポーツ選手の腹筋が割れてても、今どき誰も驚かないからな。常に、トレーニングあるのみだ」
「はいッ」
柳森は言われるままに、スポーツバッグを負荷にして、スクワットを始める。
「まあ、そんなバッグでも無いよりは良いか‥‥」
独り言のように言った辛島の言葉にも、「はいッ」と返事をして、30回目を数えた時、蒲生と水村が、ガラスのドアを開けて入ってきた。
「東條も、そろそろ来ると思いますので、先に始めましょうか」
蒲生が、わざとらしく腕時計を見て言う。時計は、約束の10分前を指していた。
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