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辛島は、蒲生の意図的な行動を気にする様子もなく、柳森を紹介した。31回目のスクワットに入ろうとしていた柳森は、抱えていたバッグを大事そうに床に置くと、蒲生に深々と一礼した。
「柳森宗輔です。3年前まで高飛び込みをしていました。宜しくお願いします」
そう言って、ニコッと蒲生に笑いかける。
その瞬間、蒲生は、「しまった」と思った。
たいていのことはポーカーフェイスでやり過ごす蒲生も、つい、顔に出てしまったらしい。辛島に、「どうかしましたか?」と聞かれ、「いえ、別に」と返すのがやっとだった。
柳森のことは宣材の写真と、高飛び込みの動画で、事前にチェックしていた。
精悍な顔つきで、いかにも硬派なスポーツマンという印象だったのだが、目の前に立つ柳森は、少し違った。
派手なつくりではないが人好きがする顔立ちで、ガチガチなスポーツ選手というよりは、物腰の柔らかい好青年という雰囲気が、体全体から滲み出ている。もし街で見かけていたら、蒲生はスカウトしていただろう。
このスポーツマンらしくない温和な雰囲気が、蒲生には、曲者のように思えた。
柳森の屈託のない笑顔は、スポーツマンを毛嫌いしている東條の心の隙間にも、簡単に入り込んでしまいそうな予感がする。
以前、東條がRYOと一緒にいるところに偶然出くわしたことがあったが、蒲生が感じたのは、あの時と似た胸騒ぎだった。後で執拗に問いただし、セフレだと聞いた時は、目まいを起こしそうになったものだ。
だからと言って、このまま追い返すわけにはいかない。現状、柳森以外に東條のスタントを務められる候補はいないのだ。
「柳森さんの資料は、プロデューサーから既に頂戴しています」
二人に椅子を勧めながら、蒲生は冷静を装ってそう言った。
「今回の映画の成功は、柳森さんにかかっていると、太鼓判を押されてましたよ」
「そう言っていただけると、ありがたいですなあ。なあ、柳森」
「はいッ」
辛島の横で、柳森は人懐っこそうな笑顔を向けた。
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