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「蒲生さん」
資料を読むふりをして無視する蒲生に、東條がもう一度声を掛けると、パンツ姿のままの柳森が近づいてきた。大股でズンズンと歩く柳森の黒いビキニパンツが、椅子に座った東條の目の前に急接近する。そして、「すみません。ちょっと立ってもらってもいいですか」と頭上から声をかけられて、東條は、片腕を持ち上げられた。
「あ、ああッ?」
パンツから視線を外せないまま、東條は、されるがままに立ち上がった。
「失礼します」
柳森は、不意に東條のポロシャツの中に手を滑り込ませると、腹の辺りをさすった。
「ふッ、うふんッ‥‥」
突然の感触に、東條の鼻から息が漏れる。
「ナ、ナニ、ナニッ?」
恥ずかしさを隠すために強い口調で問うと、柳森は、「大丈夫だと思います」と答えた。
「高飛び込みで最も重要なのは腹筋です。基本的な筋肉は付いているようですから、トレーニング次第で、僕のような体になると思います」
「ああ‥‥、そうですか。それは良かった」
東條の秘密がバレてしまうのではないかと焦った蒲生は、誰も気づいていないことにホッとして、相槌を打った。
東條は、「誰が、お前なんかの体になるかよ」と、心の中で悪態をつきつつも、引き返せない雰囲気を感じていた。
またしても蒲生にしてやられたと悔しがっても、パイプ椅子を蹴って、この場を立ち去るだけの度胸はない。仮に、今、適当な言葉でこの場をやり過ごしたところで、逃げ場がないのは明らかだった。
打ち合わせが終わったガラス張りの部屋で、東條は、RYOにメールした。
『いつ帰ってくる? 成田に迎えに行くから、連絡くれ』
どこにいるかも定かでない相手からの返事を待ったが、暫くしても返信はない。
「あーあ。あいつ、今頃、どの穴に突っ込んでんだろ。やっぱり、別の男が必要なんじゃないの、俺‥‥」
東條は、机に突っ伏して呟いてみた。
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