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4、クマの中のスタントマン
東條が、郊外にある遊園地の広場に行くと、ステージの上では、既にショーが始まっていた。
ウサギやネコの着ぐるみに混じって、頭一つ大きいクマの着ぐるみが腕組みをしている。そして、「そうだ。良い考えがあるよ!」と、クマのアテレコが流れると、図体の大きなクマは、舞台いっぱいに側転を繰り返した。
その動きにどんな意図があるのか、東條には理解できなかったが、ショーを見ていた子供達が「ウワーッ」と甲高い声で笑い、手を叩いた。
着ぐるみの背の高さから、今、歓声を浴びたクマが、柳森であることは察しがついた。
迫力のある動きが評判だというから、勝手に、戦闘モノのスーツアクターを想像していたのだが、そこらへんの学生バイトにもできそうな仕事に、東條は、来たことを後悔する。宣材に書かれたわずかな実績も、誇張されているのではないかと疑いたくなった。
着ぐるみたちがステージ上を右往左往するのを、遊具の陰からボーッと見ていると、特別な盛り上がりもなく、いつしかショーは終わっていた。
舞台袖に設えられたテントから、缶コーヒーとタバコを手にしたジャージ姿のおっさんが出てくる。あれが、両手を口元に当て、両足をバタつかせていたウサギかネコかと思うと、ため息が出る。
東條は、誰にも見つからないようにキャップを目深に被り直すと、その場を後にした。
「東條さん!」と、呼ぶ声がしたのは、その直後だった。
テントから出てきた柳森が、嬉しそうに駆けて来る。
東條は、シーっと唇に指を当てると、近くの遊具の陰に隠れた。
「お疲れ様ですッ。見に来てくれたなんて、感激ですッ」
周囲の視線を気にする東條に、柳森は元気よく話しかけた。
これだから、ヤなんだよ、脳ミソまで筋肉で出来てるヤツは‥‥。
東條はそう思いながら、「声を落としてくれるかな」と小声で言った。
「あッ、すみませんッ」
柳森は反射的に頭を下げたが、その理由を理解しているかは疑問だった。
「これが、辛島さんが言ってた、評判が良いっていう仕事? 子供達に、相当受けてたね。あれだけ笑いが取れると、やってて楽しいでしょ」
「はいッ、楽しいです。はじめは動きが少なかったんですが、試しに側転してみたら、子供達も立ち上がって喜んでくれて。やる度に、面白くなっていきます」
「ああ、そう。それは良かった‥‥」
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