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東條が皮肉を言っても、柳森は言葉の裏を読むことがない。それは世代的な特徴なのか、水村と似たところがあった。だが、皮肉さえもポジティブに受け止めるところが、彼とは異なるところだった。
スポーツニュースなどで、期待したほど結果を出せなかった選手が、「課題が見つかったことは、大きな収穫でした」などとインタビューに答えるが、柳森を見ていると、そういったスポーツマンを彷彿とさせる。
失敗しても直ぐに気持ちを切り替え、どんなこともプラスに解釈する。そのうえ、理不尽な上下関係にも黙って従い、上の者が白と言えば、黒も白と言う。端から見ると、極めて窮屈な世界に生きているのに、爽やかで、溌剌としていて、ライバルでさえも悪く言うことがない。
人間には、良くも悪くも裏表があって、善意と悪意の両方を抱えていて、他人を羨むものだと思っている東條には、自分とはまるで別の生き物のように思えてならなかった。
柳森も、どうやら自分とは異なる世界に生きていて、スポーツを辞めた今でも、そういった気質が抜けないように見える。
でなければ、元高飛び込みの選手が、競技とは全く無関係な仕事を、嬉々としてやるとは思えない。まだ若いのだから、いくらでも選択肢がありそうなものなのに、草臥れたオヤジたちと一緒に、着ぐるみショーの側転を楽しいと言っていること自体、東條には理解しがたかった。
「顔も体も悪くないんだけどな‥‥」
「はいッ?」
心の声がつい口から出てしまい、東條は慌てた。
だが、柳森はそれに気づくことなく、「そうだ。これからトレーニングがあるので、一緒に来てもらえませんか」と、東條の都合もお構いなしに、彼の腕を引っ張った。
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