7、あなたのためなら

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 家に着けば着いたで、玄関に入るなり、「シャワーお借りしてもいいですか」と、初めて来た家のバスルームを、主人よりも先に使い、水浴び程度の早さで上がってきたかと思うと、髪も乾かさぬまま、料理をつくり始めたのだった。  柳森のペースにのせられて、想像していた楽しいプランが次々と消えていくことに、初めは意気消沈していた東條も、キッチンに旨そうな匂いが立ち込める頃には、諦めの境地に達していた。  東條がキッチンに戻ると、柳森が冷蔵庫の中を覗き込んでいる。  「何か、探してる?」  「はい。ノンオイルのドレッシングを作りたいんですが、使いかけの酢があるなら、そっちを先に使った方がいいと思いまして」  「酢ねえ‥‥。そんなもん、あったかなあ」  大型の冷蔵庫の扉を全開にし、ふたり並んで中を物色する。  すると、ポケットに並べられたボトルを1本ずつ抜き出してみていた柳森が、「これ、化粧品ですか?」と聞いた。  水色のボトルの中の液体が、柳森に振られてトロトロとボトルの内壁を濡らす。東條は、慌てて、そのボトルを奪い取った。  「うん、まあ、そうね。日焼けとかした時にさ、冷たくて気持ちいいんだよ。カーマインローション、みたいなもんかな?」  「あっ、そうか。僕、肌の入れまでは考えてなくて。すみません。それじゃあ、今日みたいな日は、使った方が良いんじゃないですか。塗るの、手伝いましょうか?」  「いや、平気平気。今日は別のやつ使ったから、気にしないで。‥‥そんなことより、酢、ないみたいだから、新しいの使ってよ」  「分かりました」  東條は、後手に隠したボトルを、寝室のサイドテーブルに仕舞った。  ボトルの中身は確かにローションだが、セックスに使う方だった。  冬、冷えたままのローションを塗られて、キュッと穴が締まったことがあり、藤野が面白がって冷蔵庫に入れたままにしておいたのだ。  こんなもの、今塗られたら、尻の穴じゃなくても、おかしな気持ちになってしまう。  アドレナリンが一気に分泌されて、少し膨らんでしまった下腹部を鎮めるために、東條がベッドに腰を下ろした時、スマホが鳴った。画面には、蒲生の名前が表示されている。  「トレーニングなら、メニュー通りやってますよ」  東條がそう言って電話に出ると、「お前は、本当に察しがいいな」と、嬉しそうに蒲生が言った。
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