115人が本棚に入れています
本棚に追加
「腹は割れてきたか?」
「1週間やそこらでシックスパーツになったら、皆んなボディビルダーになれますよ。蒲生さんだって、ダイエットの苦労がなくなるでしょ」
「バカ、俺は、筋肉の上にちょっとばかし贅肉がついてるだけなんだよ。まともに運動したことのないお前と一緒にするな」
「はいはい。大変失礼いたしました」
「それじゃあ、まあ‥‥」
頑張れよと、蒲生が電話を切ろうとした時、背後から「東條さーん、できましたよー」と叫ぶ男の声が聞こえた。
「誰だ?」
反射的に蒲生が聞く。
東條は、ため息をついて答えた。
「柳森君ですよ。代わりますか?」
「大丈夫なんだろうなあ」
さっきまでの明るい声が、一転して不信感を帯びる。
「何がですか」
「分かってるだろうが、今は仕事が優先だからな」
「分かってますよ。彼は、食事をつくりに来ただけです。腹を割るには栄養管理も大事だってことでしょうねえ」
「‥‥リョウは、帰ってきたのか?」
一瞬の間の後に、蒲生は聞いた。彼が知りたいことは想像がつく。
「帰ってきて、早速、二人でヌキましたよ。溜まってないから、心配ご無用です」
「ま、まあ、そこまでは聞いてないが‥‥。とにかく、体ができないことには撮影に入れないんだから、頑張れよ」
「了解しましたあ」
東條は電話を切ると、「そこまでインランじゃねえよ」と悪態をついた。
柳森がつくった料理は、夕食とは思えないほど質素だったが、どれも旨かった。塩分控えめの味付けのせいか、素材の味がしっかりする。料亭の味とまでは言えないが、家庭の味と呼ぶには上品な味わいがあった。
「店、出せるんじゃないか」
最後の一口まで残さず食べて、東條は褒めた。
すると、柳森は照れ臭そうに、食器を片付けながら言った。
「今は、東條さんに食べてもらえれば、それでいいです」
その言葉に、東條の胸が弾む。まるで、自分のために料理を覚えた恋人が、言いそうなセリフだ。
背中を向けて洗い物をする柳森の姿が、妙にキッチンに収まっていて、ただの調理をする場所が、温かな生活空間のひとつのように感じられる。
東條は、両手の親指と人差し指で四角いフレームを作り、ドラマのディレクターがするように、目の前の風景を四角い画角で切り取ってみた。
すると、その画角の中央に収まった柳森が、急に振り向く。
東條は、慌てて手を引っ込めた。
最初のコメントを投稿しよう!