7、あなたのためなら

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 「腹は割れてきたか?」  「1週間やそこらでシックスパーツになったら、皆んなボディビルダーになれますよ。蒲生さんだって、ダイエットの苦労がなくなるでしょ」  「バカ、俺は、筋肉の上にちょっとばかし贅肉がついてるだけなんだよ。まともに運動したことのないお前と一緒にするな」  「はいはい。大変失礼いたしました」  「それじゃあ、まあ‥‥」  頑張れよと、蒲生が電話を切ろうとした時、背後から「東條さーん、できましたよー」と叫ぶ男の声が聞こえた。  「誰だ?」  反射的に蒲生が聞く。  東條は、ため息をついて答えた。  「柳森君ですよ。代わりますか?」  「大丈夫なんだろうなあ」  さっきまでの明るい声が、一転して不信感を帯びる。  「何がですか」  「分かってるだろうが、今は仕事が優先だからな」  「分かってますよ。彼は、食事をつくりに来ただけです。腹を割るには栄養管理も大事だってことでしょうねえ」  「‥‥リョウは、帰ってきたのか?」  一瞬の間の後に、蒲生は聞いた。彼が知りたいことは想像がつく。  「帰ってきて、早速、二人でヌキましたよ。溜まってないから、心配ご無用です」  「ま、まあ、そこまでは聞いてないが‥‥。とにかく、体ができないことには撮影に入れないんだから、頑張れよ」  「了解しましたあ」  東條は電話を切ると、「そこまでインランじゃねえよ」と悪態をついた。  柳森がつくった料理は、夕食とは思えないほど質素だったが、どれも旨かった。塩分控えめの味付けのせいか、素材の味がしっかりする。料亭の味とまでは言えないが、家庭の味と呼ぶには上品な味わいがあった。  「店、出せるんじゃないか」  最後の一口まで残さず食べて、東條は褒めた。  すると、柳森は照れ臭そうに、食器を片付けながら言った。  「今は、東條さんに食べてもらえれば、それでいいです」  その言葉に、東條の胸が弾む。まるで、自分のために料理を覚えた恋人が、言いそうなセリフだ。  背中を向けて洗い物をする柳森の姿が、妙にキッチンに収まっていて、ただの調理をする場所が、温かな生活空間のひとつのように感じられる。  東條は、両手の親指と人差し指で四角いフレームを作り、ドラマのディレクターがするように、目の前の風景を四角い画角で切り取ってみた。  すると、その画角の中央に収まった柳森が、急に振り向く。  東條は、慌てて手を引っ込めた。
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